注目のコレクション

  東京都現代美術館

go江戸東京博物館   go東京都写真美術館   バックナンバー

  • 古典と新作
    ヂョン・ヨンドゥ
    3チャンネルHDヴィデオ
    2018
    43分42秒
    写真:木奥惠三

    ヂョン・ヨンドゥ(1969-)は、主に写真やヴィデオを媒体に、様々な場所で出会う人々とのコミュニケーションから作品を制作しています。記憶や夢、あるいは果たせない願望といった、目に見えない大切なものに着目し、それらを視覚化していきます。虚構と現実が入り混じるその独特の世界は、新たなリアリティを生みだし、ごく普通の人々のささやかな日常や、人生の一場面に光を当てます。
    《古典と新作》は、東京都現代美術館周辺の清澄白河に暮らす人々との様々な交流から生まれた作品です。3面の大型スクリーンに映し出される映像は、一つにつながり、あるいは交錯しながら、かわるがわる表われ、ハーモニーを奏でていきます。映像作品に触発され、この地域の失われた風景をたどるドローイングも制作されました。
    作品は、老人の語る戦時下での子ども時代の思い出と、現代を生きる子どもたちの生き生きとした姿、そして、全てをつなぐ語り部の役割を果たす「落語」を中心に、周辺地域の風景を織り交ぜて、筋書きのない物語を繰り広げます。そこに見えてくるのは、いつの時代にも共通する世代間のギャップや親子の絆、子供らしい眼差しとともに、戦時下の恐怖に怯えた子供たちと豊かで平和な現在の子供たちの対比であり、平和が瞬時に脅かされる危うさを孕んでいることを思い起こさせます。
    本作品は、清澄白河というまちの物語であると同時に、何世代にもわたって受け継がれてきた、普遍的な、命をつなぐ物語となりました。子どもたちが奏でる和太鼓の音は、生命の鼓動のように響きわたり、留まることのない河の流れは、何代にも渡って受け継がれていく命の循環のようでもあります。

  • I/O
    毛利 悠子
    2011-16年
    ロール紙、竹炭、ベルリラ、ハタキ、ブラインド、電球、スプーン、モーター、木材など
    写真:柳場大

    毛利悠子(1980-)は、機械や電子部品と古い楽器や日用品などを組み合わせ、人工と自然とが有機的に関わり合い、展示空間が生気を帯びながら静かに律動しているようなインスタレーションを制作しています。
    《I/O》と名付けられた本作品では、木枠のついた構造体から垂れ下がるロール紙がモーターによって緩慢に回転し、床の埃を付着させると、センサーが汚れを信号として読み取り[input]、それがトリガーとなって電球の瞬きやベルリラの音、毛ばたきやブラインド、トイレットペーパーの動き、それが垂れる水槽の水面へと波紋を広げていきます[output]。ロール紙はループ構造となっているため、回転する度に受けるフィードバックがオブジェの動きを増幅/減速させて、作品の表情をまた変化させていきます。
    展示室に溜まる埃や構造体を動く紙のヨレといった要素は予測できない「エラー」とも捉えられますが、それらが紙に刻まれることで豊かな演奏を導く終わりのない譜面となります。毛利は自身のコントロールが及ばない、展示空間における空気の流れ、重力や静電気といった環境に内在する「目に見えない力」をも作品に引き入れて、展示空間全体を生態系のように働くシステムのように構成しているのです。
     本作を着想したのは2011年、東日本震災の後、オーストラリアのパースでの展示の機会だったといいます。タイトルは「Input/Output」、そして展示場所が隣接していたインド洋[Indian Ocean]に因んで名付けられました。毛利が制作中に眺めたインド洋の波の流れが、視覚情報が押し寄せる現代生活の時間感覚を緩めるように、ロール紙のゆっくりした動きとリンクしています。

  • 道草のすすめ―「点 音(おとだて)」and “no zo mi”
    鈴木 昭男
    コンクリート・プレート
    2018-2019年
    写真:長谷川健太

    サウンド・アーティストのパイオニアとして知られる鈴木昭男(1941-)の活動は、音と場の関わり方を探求するもので、イベントやパフォーマンス、インスタレーションなどを、世界各地で展開しています。その始まりは1960年代、作家自身が「自修イベント」と呼ぶところの、場に対して「なげかけ」と「たどり」を繰り返し、聴くことを追究するというものでした。《点 音(おとだて)》は、「エコーポイントを探る」という「自修イベント」を公共空間に広げたもので、耳と足を合わせたマークをエコーポイントとして街中に配置します。エコーポイントをたどり、そこに佇む時、聴く意識が覚醒することを促すのです。《点 音》は1996年以来、世界中の様々な街でおこなわれていますが、2019年のリニューアルを機に当館のコレクションとしても加わることになりました。
     当館における《点 音》では、館内外に配置された12箇所のエコーポイントに加え、新しい試みとして、一部に音響システムを用い、聴く意識を開くためのエクササイズに誘っています。中庭は鈴木自身の創作楽器による演奏を音源として建物自体屋外展示場のための“no zo mi”は、コンクリート・プレートが階段状に積まれた5つの立方体で、その最上段にみお《点 音》マークが記されています。最上段までのたどり方は立方体ごとに異なり、自ずと上ってみたいという好奇心を誘い、一段ごとに異なる感覚を開いてくれるでしょう。

  • 再会のためのリハーサル(陶芸の父とともに)
    サイモン・フジワラ
    ビデオ、ミクストメディア
    2011-13年
    14分18秒

    サイモン・フジワラ(1982-)は、個人史に基づく綿密な調査や遺物の収集を起点に、そこにフィクションを介在させ、社会的な慣習や常套句の裏に隠された背景をあぶり出す作品などで、国際的に高い評価を得ています。
     日本人の父とイギリス人の母との間に生まれたフジワラは、4歳までを日本で過ごし、両親の離婚後は母と共に、イギリスをはじめ世界各地で育ちました。2011年、当館で開催した「ゼロ年代のベルリン」展で制作された《再会のためのリハーサル》のために、フジワラは疎遠だった父を訪ね、二人で陶芸をおこないました。映像では、この再会をめぐる芝居のリハーサルが、作家本人と父親役のドイツ人俳優との間でおこなわれています。本番とリハーサル、オリジナルとレプリカ、血縁による父子と精神的な父子関係といった対立する概念を複雑に絡め、巧みにフィクションを挿入することで、つくられた物語によって喚起される情動の真実らしさを私たちに問います。

  • THE WAY I HEAR, B.S. LYMAN 第五章 協想のためのポリフォニー
    mamoru
    テキスト映像の2チャンネルプロジェクション、2チャンネルサウンド、アーカイブ資料
    2015年
    15分5秒
    写真:椎木静寧

    音楽家としてのバックグランドをもつアーティストmamoru(1977-)は、「聴く」という行為を通じて、直接的には経験できない時空間について、来場者に想像させる作品やパフォーマンスを展開しています。
    テキストとサウンドを中心に構成されるインスタレーション《THE WAY I HEAR, B.S. LYMAN 第五章 協想のためのポリフォニー》は、19世紀末に明治政府に雇用され、北海道の地質調査を行ったアメリカ人地質学者・鉱山技師であるベンジャミン・スミス・ライマンについてのさまざまな調査をベースにしています。B.S.ライマンは夕張川の調査をしていた1874年、川岸に塊炭を見つけ、その地に大きな炭層が眠ることを確信します。その後、彼の助手によって日本最大の石狩炭田の一部を成す夕張炭田が発見され、それは炭鉱の街としての夕張の発展をもたらし、ひいては日本の近代化を促進するエネルギー源となりました。
    それならば、ライマンが塊炭を発見したその瞬間は、そのずっと先にあるいまここにも接続しているのではないか――。mamoruはその想像を巡らせるべく、ライマンが残した膨大な調査記録や文献を調べ、実際に夕張へ赴いて彼が率いた調査団の足取りをたどりながら、ライマンが聞いたであろう音を採取しました。ライマンとmamoruそれぞれが訪れた、異なる時代の同じ場所についての断片的な記録と記憶が、2つのスクリーン上のテキストと、聴こえてくる言葉として呼応とズレを繰り返しながら、さまざまなイメージや音の風景を鑑賞者に彷彿とさせます。それは、直接的には経験することができない時空間へと、聴くことを通じてアクセスする試みであるとも言えるでしょう。

ページTOPへ▲