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  • マーク・マンダース
    黄色のコンポジション
    2017-2018年
    ブロンズに彩色、木、プラスティック
    162.5×66.5×77cm
    写真:木奥惠三

    ビニールシートで囲われた空間を進むと、静謐なたたずまいの像に出会います。像は、粘土の乾いた状態のままスタジオの中に放置されているようにも見えます。見る者の足元には粘土粉や作業道具が散らばっています。像はなぜこの状態なのか、いつ作られたのか、ここはどういう所なのか…。見る者は、漠然とした宙吊りの感覚を覚えるでしょう。
    マーク・マンダース(1968-)のこの世界は、彼の「建物としての自画像」というアイデアに基づきます。18歳のとき、執筆に用いていた筆記具を建物の見取図のように床に並べ、「建物としてのセルフポートレイト」と称する着想を得て以来、「建物」の形式を用いて架空の人物の自画像を作り出す、という試みを続けてきました。彫刻、詩、単語などを独特の仕方で組み合わせる作品群は、すべてこの架空の「建物」という構想に繋がり、その中に配されています。私たちが作品と出会う場は、現実の場であると同時にこの建物に属する場でもあるのです。私たちが宙吊りになるのは、この虚構と現実が交錯する地点でしょう。作品のそこかしこに虚構が混じり(たとえば、脆く見える像は、実際はとても堅牢なブロンズでできているのです)、始まりと終わり、原因と結果といった、事の順序は無効化され、「建物」のアイデアを支える「全てが同時に出来上がった、凍結した時」が現前します。私たちはその世界を、まるで、ストーリーラインのない巨大な1冊の書物を手探りで読むように漂うのです。

  • 高田安規子・政子
    ジョーカー
    2014年
    トランプに刺繍、標本箱、木製台座
    42.5×32.5×5.5cm
    写真:伊奈英次


    高田安規子・政子は1978年生まれの双子姉妹のアーティスト・ユニットです。私たちの身の回りにある日用品に細工を加えることにより、大きさも内容も全く異なるモチーフへと転換させ、モノの意味や価値を問い直す作品を制作してきました。
    《ジョーカー》は《組札 ハート》とともに、ハートの1からキングまでとジョーカーの計14枚のトランプに手刺繍を施し、精緻な模様が絡み合うペルシャ絨毯へと変貌させる試みです。どこにでもある市販のトランプを高価なペルシャ絨毯に見立てようとする企ては、素材とモチーフの意外性ある組み合わせにより見る者に驚きと違和感をもたらします。小さいものと大きなもの、日常と非日常、現代と古典、刹那と悠久など、相反する要素が一つの作品の中に共存し、その時々でだまし絵のように見え方が切り替わるユニークな鑑賞体験は、様々な基準に縛られている私たちの思考や感性を揺さぶると同時に、しなやかに解き放つ契機となるでしょう。
    ※「高田」の「高」の字は はしごだか

  • 棚田康司
    雨の像
    2016年
    樟材の一木造りに彩色
    207×65×64cm
    撮影:大谷一郎

    棚田康司(1968-)は、これまで30年以上にわたって人体像を追求してきた彫刻家です。自身の顔や手から型取りしたFRPを付した像を経て、2001年のベルリン滞在を契機として、一木造り(仏像制作に見られる、胴体を一つの木材から作る手法)に取り組んできました。中でも、独特の細い四肢と表情を持つ、丁寧に彩色された少年や少女の像は、大人と子供、生と死といった人の生の境界にある脆さと強靭さを備えたものとして作家の代表的な作風となりました。
    《雨の像》は、一木造りで初めて本格的に制作された成人女性像です。モデルは、インドネシアのスンダ地方出身の女性。2015年のインドネシア、バンドゥンでの2ヶ月の滞在をもとにして制作されました。「立っているそのままを表現したい」と作家が言う通り、膝を軽く曲げ、控えめに体を捩じって自然体で立つ女性の姿が、静かな、しかし鮮烈な印象を残します。木の調子を見据えた彩色により、降り注ぐ雨や水の流れと緩やかな身体のイメージが重なり、像の背景をも彷彿させる一つの空間が立ち現れます。自然な身振りの中に伸びやかな強さを感じさせる、個別的でありながら普遍性を持った像が誕生しました。一貫して人に向かう棚田の仕事は、木彫の歴史に触れつつ、私たちの生を受け止め、その在り方を探り続ける試みにほかなりません。

  • さかぎしよしおう
    14009
    磁土
    8.9×14×12.3cm
    撮影:大谷一郎

    さかぎしよしおう(1961-)は、1980年代には、テープ状の素材が空間を縦横に行き交うインスタレーション作品やパフォーマンスを発表していましたが、1990年代、石膏を帯状に重ねる小さな作品に移行し、注目されました。2000年代からは、磁土(磁器の原料となる土)を使い、その粒を重ねて焼いた作品を継続して展開し、評価されています。
    磁土の作品では、任意の点からそれを積み重ねる行為の結果として、形が生まれます。水分を含んだ磁土を垂らした滴でできた粒同士が、わずかな接地面で縦横につながることで全体を形成しているのです。一滴を垂らしたら、それが乾くのを待ち、その上にまた滴を垂らすという作業を繰り返すことで、生命現象のように自然に立ち現れる造形がなされています。静かな緊張感をたたえた凝縮した小宇宙があらわれます。初期には素焼きで始まった同シリーズは、釉薬をかけたり、磁土に色を加えるようになったりと、作家が素材と向き合う中で導かれるように形を変えて展開しています。恣意性を排除したこのような制作のあり方を、作家は「成る」ことを目指すものだと表現します。複雑な意味の読み取りが求められる現在の現代美術の傾向に対するひそやかな抵抗を示しているかのようです。

  • 保田春彦
    聚落を囲む壁III
    1994-95年

    185×217.6×331cm
    写真:木奥惠三

    保田春彦(1930-2018)は、画家・彫刻家として知られる保田龍門を父に、和歌山県に生まれました。東京美術学校で彫刻を学んだ後、1958年に渡仏して、パリのアカデミー・グランド・ショーミエールでオシップ・ザッキンに師事しました。作家自身は後年この時期を振り返り、ザッキンとともにヘンリー・ムーアとマリノ・マリーニにも影響を受けたと語っています。
    彫刻家として独立し、イタリア・ローマを拠点に様々な展覧会等への出品を重ねた保田は、1968年に帰国した後、武蔵野美術大学に籍を置いて後進の指導に当たりつつ、同大学の研究室を工房として、晩年に至るまで精力的な制作活動を続けました。
    《聚落を囲む壁III》は、あたかもその中にあるものを守るかのように、大きさの異なる堅固な鉄製の枠が入れ子状に連なっています。作品の表面を覆う赤錆は、設置された気候風土の中で、作品がその地の石や土とともに同じ時を刻み、いつしか大地と一体化していく姿をシンボリックに表現したものです。 
    他の多くの保田作品がそうであるように、本作品も展示のための台を持たず、床面に直に接するかたちで設置されています。これは、作品が設置される空間をも含めての造詣表現であるという、作家自身の確固としたポリシーに基づくものです。
    鉄という無機的な素材を使いながらも、大地と繋がりそこに溶け込もうとする有機性をも備えている保田の作品には、かつて欧州諸国を巡り歩き、現地で触れた都市や人々の生活が、抽象化され純化したかたちでちりばめられています。

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