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  • 富士と帆船
    黒川翠山 
    ゼラチン・シルバー・プリント

    明治期から現代にいたるまで富士の写真には、四季折々に移ろいゆく光景と変わることのない根源的な姿が写し出される。生涯にわたり多彩な富士の姿を追求した岡田紅陽、赤外線写真によって透けるように輝く桜の花と黒々とした富士の対比を見た小石清、この黒川翠山の写真は山水画を想起させるなど富士山の表象にはつねに神話的な動と静のドラマを見ることができる。

    黒川翠山(1882-1944)
    京都府生まれ。13歳から家業の呉服商を父に代わり営むが、1900年、負債により倒産。この打撃により写真を志し独学で勉強をする。06年、比叡山で撮影した「雨後」が戦捷記念博覧会で名誉銀牌を受賞し、一躍芸術写真家として注目を集める。「写真例題集」などに作品を発表する一方、博文館写真部京都支部として同社の写真の仕事をする。山水画を思わせる風景写真や名所風景の写真によって一時代を画する芸術写真の形をつくり出した。

  • 富士と桜
    小石 清
    1931-40年頃 
    ゼラチン・シルバー・プリント

    明治期から現代にいたるまで富士の写真には、四季折々に移ろいゆく光景と変わることのない根源的な姿が写し出される。生涯にわたり多彩な富士の姿を追求した岡田紅陽、山水画を想起させる黒川翠山、この写真の小石清は赤外線写真によって透けるように輝く桜の花と黒々とした富士の対比を見せるなど富士山の表象にはつねに神話的な動と静のドラマを見ることができる。

    小石 清(1908-1957)
    大阪市生まれ。1928年(昭和3年)浪華写真倶楽部に入会。以降マン・レイ、モホイ=ナジらの影響を受け、フォトグラム、ソラリゼーション、赤外線写真など多彩な写真技法を駆使して前衛写真の騎手となる。1932年(昭和7年)に第21回浪展に代表作《初夏神経》を出品。36年(昭和11年)、特殊技法の参考書である『撮影・作画の新技法』を刊行。40年(昭和15年)、中国での写真を素材にした10枚組の代表作《半世界》を発表した。

  • 西湖から富士山
    高木庭次郎
    1910年代
    幻燈写真/ゼラチン乾板に手彩色

    木箱入りの100点組ガラス製スライドからの抜粋。神社仏閣をは
    じめ日本の名勝地、生活風俗を紹介したもので、大正期に外国
    輸出品として制作されました。幻燈機で映写するための写真
    で、ゼラチン乾板に鮮やかな手彩色が施されています。撮影者
    は当時、神戸で写真館を開業していた高木庭次郎です。100点の
    うち半数ほどは「T.TAKAGIKOBE」のラベルが貼付されています。

    高木庭次郎(明治初期-没年不詳)
    京都生まれ。写真師・高木吉兵衛(?-1882)の嗣子。横浜で
    玉村康三郎に師事する。
    1907年頃には、外国向けに日本の風俗文化を紹介する写真帖を
    神戸三宮の玉村写真館から出版。コロタイプ印刷やガラス製スラ
    イドに手彩色をほどこした写真で好評を得た。14年頃までに玉村
    写真館を継承し、20年代終わり頃まで「T.TAKAGI KOBE」の商標
    で活動した。「スピリチュアル・ワールド」展で出品の幻燈写真
    は、木箱に収納された100点組のガラス製スライドからの抜粋
    で、神社仏閣や日本の名勝地、生活風俗を紹介したものである。

  • 月明かりの富士山、河口湖から望む
    高木庭次郎
    1910年代
    幻燈写真/ゼラチン乾板に手彩色

    木箱入りの100点組ガラス製スライドからの抜粋。神社仏閣をは
    じめ日本の名勝地、生活風俗を紹介したもので、大正期に外国
    輸出品として制作されました。幻燈機で映写するための写真
    で、ゼラチン乾板に鮮やかな手彩色が施されています。撮影者
    は当時、神戸で写真館を開業していた高木庭次郎です。100点の
    うち半数ほどは「T.TAKAGIKOBE」のラベルが貼付されています。

    高木庭次郎(明治初期-没年不詳)
    京都生まれ。写真師・高木吉兵衛(?-1882)の嗣子。横浜で
    玉村康三郎に師事する。
    1907年頃には、外国向けに日本の風俗文化を紹介する写真帖を
    神戸三宮の玉村写真館から出版。コロタイプ印刷やガラス製スラ
    イドに手彩色をほどこした写真で好評を得た。14年頃までに玉村
    写真館を継承し、20年代終わり頃まで「T.TAKAGI KOBE」の商標
    で活動した。「スピリチュアル・ワールド」展で出品の幻燈写真
    は、木箱に収納された100点組のガラス製スライドからの抜粋
    で、神社仏閣や日本の名勝地、生活風俗を紹介したものである。

  • 玉垂れの滝、湯本
    高木庭次郎
    1910年代
    幻燈写真/ゼラチン乾板に手彩色

    木箱入りの100点組ガラス製スライドからの抜粋。神社仏閣をは
    じめ日本の名勝地、生活風俗を紹介したもので、大正期に外国
    輸出品として制作されました。幻燈機で映写するための写真
    で、ゼラチン乾板に鮮やかな手彩色が施されています。撮影者
    は当時、神戸で写真館を開業していた高木庭次郎です。100点の
    うち半数ほどは「T.TAKAGIKOBE」のラベルが貼付されています。

    高木庭次郎(明治初期-没年不詳)
    京都生まれ。写真師・高木吉兵衛(?-1882)の嗣子。横浜で
    玉村康三郎に師事する。
    1907年頃には、外国向けに日本の風俗文化を紹介する写真帖を
    神戸三宮の玉村写真館から出版。コロタイプ印刷やガラス製スラ
    イドに手彩色をほどこした写真で好評を得た。14年頃までに玉村
    写真館を継承し、20年代終わり頃まで「T.TAKAGI KOBE」の商標
    で活動した。「スピリチュアル・ワールド」展で出品の幻燈写真
    は、木箱に収納された100点組のガラス製スライドからの抜粋
    で、神社仏閣や日本の名勝地、生活風俗を紹介したものである。

  • 芦ノ湖高木庭次郎
    1910年代
    幻燈写真/ゼラチン乾板に手彩色

    木箱入りの100点組ガラス製スライドからの抜粋。神社仏閣をは
    じめ日本の名勝地、生活風俗を紹介したもので、大正期に外国
    輸出品として制作されました。幻燈機で映写するための写真
    で、ゼラチン乾板に鮮やかな手彩色が施されています。撮影者
    は当時、神戸で写真館を開業していた高木庭次郎です。100点の
    うち半数ほどは「T.TAKAGIKOBE」のラベルが貼付されています。

    高木庭次郎(明治初期-没年不詳)
    京都生まれ。写真師・高木吉兵衛(?-1882)の嗣子。横浜で
    玉村康三郎に師事する。
    1907年頃には、外国向けに日本の風俗文化を紹介する写真帖を
    神戸三宮の玉村写真館から出版。コロタイプ印刷やガラス製スラ
    イドに手彩色をほどこした写真で好評を得た。14年頃までに玉村
    写真館を継承し、20年代終わり頃まで「T.TAKAGI KOBE」の商標
    で活動した。「スピリチュアル・ワールド」展で出品の幻燈写真
    は、木箱に収納された100点組のガラス製スライドからの抜粋
    で、神社仏閣や日本の名勝地、生活風俗を紹介したものである。

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