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  • 白糸から富士山
    高木庭次郎
    1910年代
    幻燈写真/ゼラチン乾板に手彩色

    木箱入りの100点組ガラス製スライドからの抜粋。神社仏閣をはじめ日本の名勝地、生活風俗を紹介したもので、大正期に外国輸出品として制作されました。幻燈機で映写するための写真で、ゼラチン乾板に鮮やかな手彩色が施されています。撮影者は当時、神戸で写真館を開業していた高木庭次郎です。100点のうち半数ほどは「T.TAKAGI KOBE」のラベルが貼付されています。

    高木庭次郎(明治初期-没年不詳)
    京都生まれ。写真師・高木吉兵衛(?-1882)の嗣子。横浜で玉村康三郎に師事する。
    1907年頃には、外国向けに日本の風俗文化を紹介する写真帖を神戸三宮の玉村写真館から出版。コロタイプ印刷やガラス製スライドに手彩色をほどこした写真で好評を得た。14年頃までに玉村写真館を継承し、20年代終わり頃まで「T.TAKAGI KOBE」の商標で活動した。「スピリチュアル・ワールド」展で出品の幻燈写真は、木箱に収納された100点組のガラス製スライドからの抜粋で、神社仏閣や日本の名勝地、生活風俗を紹介したものである。

  • 秋の紅葉、千条の滝、箱根
    高木庭次郎
    1910年代
    幻燈写真/ゼラチン乾板に手彩色

    木箱入りの100点組ガラス製スライドからの抜粋。神社仏閣をはじめ日本の名勝地、生活風俗を紹介したもので、大正期に外国輸出品として制作されました。幻燈機で映写するための写真で、ゼラチン乾板に鮮やかな手彩色が施されています。撮影者は当時、神戸で写真館を開業していた高木庭次郎です。100点のうち半数ほどは「T.TAKAGI KOBE」のラベルが貼付されています。

    高木庭次郎(明治初期-没年不詳)
    京都生まれ。写真師・高木吉兵衛(?-1882)の嗣子。横浜で玉村康三郎に師事する。
    1907年頃には、外国向けに日本の風俗文化を紹介する写真帖を神戸三宮の玉村写真館から出版。コロタイプ印刷やガラス製スライドに手彩色をほどこした写真で好評を得た。14年頃までに玉村写真館を継承し、20年代終わり頃まで「T.TAKAGI KOBE」の商標で活動した。「スピリチュアル・ワールド」展で出品の幻燈写真は、木箱に収納された100点組のガラス製スライドからの抜粋で、神社仏閣や日本の名勝地、生活風俗を紹介したものである。

  • 精進湖からの富士山
    高木庭次郎
    1910年代
    幻燈写真/ゼラチン乾板に手彩色

    木箱入りの100点組ガラス製スライドからの抜粋。神社仏閣をはじめ日本の名勝地、生活風俗を紹介したもので、大正期に外国輸出品として制作されました。幻燈機で映写するための写真で、ゼラチン乾板に鮮やかな手彩色が施されています。撮影者は当時、神戸で写真館を開業していた高木庭次郎です。100点のうち半数ほどは「T.TAKAGI KOBE」のラベルが貼付されています。

    高木庭次郎(明治初期-没年不詳)
    京都生まれ。写真師・高木吉兵衛(?-1882)の嗣子。横浜で玉村康三郎に師事する。
    1907年頃には、外国向けに日本の風俗文化を紹介する写真帖を神戸三宮の玉村写真館から出版。コロタイプ印刷やガラス製スライドに手彩色をほどこした写真で好評を得た。14年頃までに玉村写真館を継承し、20年代終わり頃まで「T.TAKAGI KOBE」の商標で活動した。「スピリチュアル・ワールド」展で出品の幻燈写真は、木箱に収納された100点組のガラス製スライドからの抜粋で、神社仏閣や日本の名勝地、生活風俗を紹介したものである。

  • 甲州からの富士山
    高木庭次郎
    1910年代
    幻燈写真/ゼラチン乾板に手彩色

    木箱入りの100点組ガラス製スライドからの抜粋。神社仏閣をはじめ日本の名勝地、生活風俗を紹介したもので、大正期に外国輸出品として制作されました。幻燈機で映写するための写真で、ゼラチン乾板に鮮やかな手彩色が施されています。撮影者は当時、神戸で写真館を開業していた高木庭次郎です。100点のうち半数ほどは「T.TAKAGI KOBE」のラベルが貼付されています。

    高木庭次郎(明治初期-没年不詳)
    京都生まれ。写真師・高木吉兵衛(?-1882)の嗣子。横浜で玉村康三郎に師事する。
    1907年頃には、外国向けに日本の風俗文化を紹介する写真帖を神戸三宮の玉村写真館から出版。コロタイプ印刷やガラス製スライドに手彩色をほどこした写真で好評を得た。14年頃までに玉村写真館を継承し、20年代終わり頃まで「T.TAKAGI KOBE」の商標で活動した。「スピリチュアル・ワールド」展で出品の幻燈写真は、木箱に収納された100点組のガラス製スライドからの抜粋で、神社仏閣や日本の名勝地、生活風俗を紹介したものである。

  • 蒔絵アルバム・明治風景写真帖
    京都伏見稲荷大社
    日下部金兵衛
    明治中期
    鶏卵紙に手彩色

    横浜写真は、幕末から明治にかけて、日本を訪れた外国人旅行者向けの土産物として人気を博しました。多くの場合、印画紙(鶏卵紙)の上に一枚一枚手作業で鮮やかな彩色がほどこされています。この技法は、すでに西洋で油彩絵具を用いて行われていましたが、横浜写真では水彩絵具を用いることによって、西洋の着彩写真よりも高い透明感が生まれます。日下部金兵衛は、日本の風物を紹介した横浜写真の制作と輸出・販売で、明治20年代に隆盛をきわめました。

    日下部金兵衛(1841-1934)
    甲府(現・山梨県甲府市)生まれ。1859年頃横浜に出る。63年頃、フェリーチェ・ベアトの下で写真術を学び、助手となる。77年ベアトが写真館を手放した後、81年までには横浜弁天通に写真館を開業し、「金幣(KIMBEI)」の商号を使用する。明治20年代には隆盛を極め、外国人旅行者向けの土産物として日本の風物を紹介した横浜写真を多数制作、輸出販売した。

  • 富士山の遠景
    ウィリアム・バルトン
    1875年頃
    ゼラチン・シルバー・プリント

    ウィリアム・バルトン (1856-1899)
    スコットランド・エディンバラ生まれ。衛生工学に詳しく、上下水道技術者としてロンドンで活躍した。1894年ロンドンで開催された万国衛生博覧会がきっかけとなり、日本政府から招聘され、各地の上下水道の視察および技術指導を行った。日本近代水道技術の祖ともいわれる。本業とともに写真技術の普及にも尽力、1889年小川一真らと日本写真会創設に参画、近代日本写真史においても重要な位置を占める。

  • 日本の名城と寺院
    33.厳島(宮島)安芸
    小川一真
    1898年
    コロタイプ印刷による手彩色

    小川一真(1860-1929)
    武州行田(現・埼玉行田市)生まれ。1875年熊谷で湿板写真術を習得。77年富岡で小川写真場を開業。82年渡米、写真印刷術、乾板製造法などを学ぶ。85年東京・飯田町に写真館「玉潤館」を開設。88年には日本初のコロタイプ写真製版・印刷を開始。同年近畿宝物調査に同行し、社寺宝物を撮影。94年写真の大量印刷を可能とする写真銅版の製版・印刷を開始。『日清戦争実記』ほか数多くの写真帖の出版を行った。

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