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  • 伊勢 大湊
    内田九一
    1872年
    鶏卵紙

    「写真のエステ 写真作品のつくりかた」
    平成25年度のコレクション展は「写真の美しさはどこにある?」に、企画者が感じる写真の美の在り方を選びとります。「アングル」「焦点」「光のあつかい」「暗室作業」の4つの構成要素を手がかりに作品を紹介。 企画・構成 三井圭司(東京都写真美術館/学芸員)

    アングル
    私は絵に描きたくないものを写真に撮り、写真にとれないものを絵に描く。―マン・レイ
    「アングル」とは角度や見方のことであり、本展では構図(コンポジション)とほぼ同義として用いる。切り取り方(フレームワーク)との理解でも、ズレは少ないと思う。焦点や暗室作業と異なり、写真独特のものではなく、すべての画面制作において重要な要素である。
    私たちの眼はかたときも休まず推測し、予測しなくてはならない。わずかな膝の屈伸でパースペクティブを変え、一ミリに満たない首の動きでいくつもの直線をめぐりあわせ、一致させる。むろん、それは反射神経のスピードで実現する。
    写真は即時の動作だが、絵は思索なのだ。     ―アンリ・カルティエ=ブレッソン
    絵画が、時間をかけて部分をつなぎ合わせることで全体を作り上げることが可能であるのに対して、写真の構図は一度のシャッターで決定してしまうことに触れた言葉である。
    つまり、シャッターを切る直前まで、画面の隅々に注意を払うという写真独特の作品制作態度である。
    クローズアップによって細部を切り取る方法や、逆に広い空間を与える構図、複数の被写体と絡めることによって想像の斜め上の画面を構築しているものや、考え抜かれた構図で生まれるユーモアもある。見上げ、俯瞰し、真正面で捉え、少し斜めに捉える。
    すべての画面制作に関わるものだからこそ、アングルという視点で写真をみるとそのひろがりの多様さにあらためて驚かされるのだ。

    伊勢 大湊
    明治5(1872)年、天皇による西国巡幸が行われ、これに内田九一は随行して撮影を行った。和船の向こうに霞む洋式帆船が巡航艦隊である。髷姿の人々と艦隊の対比を狙ったアングル。


    内田 九一 (1844-75)
    長崎県に生まれる。ポンペの医学伝習所に入り、前田玄造らから写真術の手ほどきを受けた後に、上野彦馬に師事する。1865年、大阪天満橋に写真館を開業、続いて横浜、東京・浅草で開業。洋式の宏壮な写場を持ち、東都第一と称された。

  • 長崎港
    内田九一
    1872年
    鶏卵紙

    「写真のエステ 写真作品のつくりかた」
    平成25年度のコレクション展は「写真の美しさはどこにある?」に、企画者が感じる写真の美の在り方を選びとります。「アングル」「焦点」「光のあつかい」「暗室作業」の4つの構成要素を手がかりに作品を紹介。 企画・構成 三井圭司(東京都写真美術館/学芸員)

    アングル
    私は絵に描きたくないものを写真に撮り、写真にとれないものを絵に描く。―マン・レイ
    「アングル」とは角度や見方のことであり、本展では構図(コンポジション)とほぼ同義として用いる。切り取り方(フレームワーク)との理解でも、ズレは少ないと思う。焦点や暗室作業と異なり、写真独特のものではなく、すべての画面制作において重要な要素である。
    私たちの眼はかたときも休まず推測し、予測しなくてはならない。わずかな膝の屈伸でパースペクティブを変え、一ミリに満たない首の動きでいくつもの直線をめぐりあわせ、一致させる。むろん、それは反射神経のスピードで実現する。
    写真は即時の動作だが、絵は思索なのだ。     ―アンリ・カルティエ=ブレッソン
    絵画が、時間をかけて部分をつなぎ合わせることで全体を作り上げることが可能であるのに対して、写真の構図は一度のシャッターで決定してしまうことに触れた言葉である。
    つまり、シャッターを切る直前まで、画面の隅々に注意を払うという写真独特の作品制作態度である。
    クローズアップによって細部を切り取る方法や、逆に広い空間を与える構図、複数の被写体と絡めることによって想像の斜め上の画面を構築しているものや、考え抜かれた構図で生まれるユーモアもある。見上げ、俯瞰し、真正面で捉え、少し斜めに捉える。
    すべての画面制作に関わるものだからこそ、アングルという視点で写真をみるとそのひろがりの多様さにあらためて驚かされるのだ。

    長崎港
    港は奥に広がるが主題は相生の松にあるかに見える。隣のパノラマの部分と同じ画像。彩色はない。このように単写真として内田九一は納品している。地図の要素が高いパノラマ写真として考えると奇妙だが、単写真としてみれば美しい錦絵のようなアングルだ。

    内田 九一 (1844-75)
    長崎県に生まれる。ポンペの医学伝習所に入り、前田玄造らから写真術の手ほどきを受けた後に、上野彦馬に師事する。1865年、大阪天満橋に写真館を開業、続いて横浜、東京・浅草で開業。洋式の宏壮な写場を持ち、東都第一と称された。

  • 本のある静物
    福森白洋
    1922年

    「写真のエステ 写真作品のつくりかた」
    平成25年度のコレクション展は「写真の美しさはどこにある?」に、企画者が感じる写真の美の在り方を選びとります。「アングル」「焦点」「光のあつかい」「暗室作業」の4つの構成要素を手がかりに作品を紹介。 企画・構成 三井圭司(東京都写真美術館/学芸員)

    焦点
    焦点(ピント)は、被写体がカメラのレンズを通して感光材料面上に結像させることだ。ピントリングを調整することで、鮮明な被写体やぼやけた被写体の画像を作り出すことができる。また、カメラに入る光の粒の大きさを調整して、鮮明さを保つ奥行きの幅(被写界深度)を絞り(F値)でコントロールできる。光の粒の大きさと鮮明さを保つ幅は、反比例の関係にある。
    パンフォーカス…光の粒を小さくして、奥行きのある空間を画面全体に鮮明なピントで作る画面。
    デファレンシャルフォーカス…絞りを解放にする(取りこみの窓を最大にする)と鮮明なピントを得られる幅は狭くなり、被写体の手前と奥がぼやけて被写体だけが鮮明に浮かび上がる。
    このデファレンシャルフォーカスは、絵画などでは作り出しにくく、写真独特の画面だ。被写体が複数写る場合に、焦点の鮮明さの差違によって、中心となる被写体とそうでない被写体を対比することも行われる。
    ソフトフォーカス(軟焦点)…あえて鮮鋭な焦点を避け、被写体から鋭利さが取り去られるため、叙情的な画面を構成する。
    また、動きの速い被写体や露光時間を長くすることによって焦点を合わせながら、被写体を動かして不鮮明な写真にすることで被写体を強調する効果を得ることも可能。『ちょっとピンぼけ』というロバート・キャパの手記を引き合いに出すまでもなく、写真にとって根幹をなし、そして、写真特有のものが焦点(ピント)なのです。

    本のある静物
    焦点を外すのではなく、特殊なレンズ(あるいはフィルター)を用いて、輪郭を柔らかくするソフト・フォーカスの技法が用いられている。さらに被写界深度を浅くすることでより柔らかい静物写真を成立させている。

    福森 白洋 (1887-1942)
    高知県に生まれる。本名、憲一。1907年発電所建設に従事。17年にカメラを買い写真を始め、「浪華写真倶楽部」に入会し、ブロムオイルによる風景写真を制作する。22年、「天弓会」の設立に参画し、活発な活動を展開する。30年コダック・ジャパンに入社し、実作者としてよりは、指導者として写真雑誌への寄稿や講演などで活躍をする。

  • フォンテーヌブローの森のブナの木
    ギュスターヴ・ル・グレイ
    1856年
    鶏卵紙

    「写真のエステ 写真作品のつくりかた」
    平成25年度のコレクション展は「写真の美しさはどこにある?」に、企画者が感じる写真の美の在り方を選びとります。「アングル」「焦点」「光のあつかい」「暗室作業」の4つの構成要素を手がかりに作品を紹介。 企画・構成 三井圭司(東京都写真美術館/学芸員)

    光のあつかい
    かつて野島康三らが写真を「光画」と置き換えたように、本来、Photographとは「光+画」でできた言葉です。写真は、強い光から光のない部分へのグラデーションをカメラ内に採り込むことによって、画面をつくります。つまり、光が感光材料に作用して画面をつくり、感光材料が感じなかった部分が影となるのです。そして、もちろん人が感じる光と感光材料がカメラの中で感じる光の感じ方は、同一ではありません。写真作品を撮る時、写真家は、この差をイマジネーションによって埋めなくてはなりません。
    このイマジネーションによる感光材料との対話を完全に成立させることはとても困難です。特質を学び経験を積んでも、完全に体得することはできないかも知れません。しかし、だからこそ、写真作品をつくる行為それ自体が癖になる、おもしろみの一つといえるでしょう。
    この章では、「光」あるいは「影」を強く感じる美しい写真作品を選びました。
    しかし、その美しさの背景、つまり被写体への写真家のアプローチは決して牧歌的に美しさを礼賛するストレートなものだけではないのです。たとえ、美しさだけを純粋に探求した作品であったにせよ、被写体を求め、これに到達し、写真として成立させることそれ自体、ストイックな態度が積み重ねによって成立するものでしょう。
    これら写真作品にある美しさを感じていただくと共に、どのようにして被写体に巡り会い、制作したのだろうかに想いを馳せていただきたいのです。あるいは、さらにその美しさを戦略的に用いた作品もあります。このような作品の意図を鑑賞者それぞれの視点から導いていただきたいのです。
    写真作品をつくるのは技術です。しかし、この技術を如何に用いるかこそ、真に大切なことだと考えるからです。

    フォンテーヌブローの森のブナの木
    直上から降り注ぐ光が、中心のブナの葉と幹を照り返す美しい画面構成の絵画的作品。もとはポール・ドラローシュ(1797-1856)らに学んだ画家であった人物らしい作品。

    ギュスターヴ・ル・グレイ (1820-82)
    フランス、パリ郊外に生まれる。当初は画家を志したが、その後写真術を習い、1848年にはパリのスタジオを開く。フォンテーヌブローの森など自然の風景を題材にした写真を撮影する。1851年、蝋引きをした紙を用いる乾燥蝋引き紙ネガ法を発明。遺跡の記録プロジェクトの写真家としてこの技法を用い、フランス各地の史跡を撮影した。

  • 雨のしずく
    『カメラ・ワーク』第二十三巻 1908年7月
    クラレンス・ホワイト
    1908年頃
    フォトグラビア印刷

    「写真のエステ 写真作品のつくりかた」
    平成25年度のコレクション展は「写真の美しさはどこにある?」に、企画者が感じる写真の美の在り方を選びとります。「アングル」「焦点」「光のあつかい」「暗室作業」の4つの構成要素を手がかりに作品を紹介。 企画・構成 三井圭司(東京都写真美術館/学芸員)

    光のあつかい
    かつて野島康三らが写真を「光画」と置き換えたように、本来、Photographとは「光+画」でできた言葉です。写真は、強い光から光のない部分へのグラデーションをカメラ内に採り込むことによって、画面をつくります。つまり、光が感光材料に作用して画面をつくり、感光材料が感じなかった部分が影となるのです。そして、もちろん人が感じる光と感光材料がカメラの中で感じる光の感じ方は、同一ではありません。写真作品を撮る時、写真家は、この差をイマジネーションによって埋めなくてはなりません。
    このイマジネーションによる感光材料との対話を完全に成立させることはとても困難です。特質を学び経験を積んでも、完全に体得することはできないかも知れません。しかし、だからこそ、写真作品をつくる行為それ自体が癖になる、おもしろみの一つといえるでしょう。
    この章では、「光」あるいは「影」を強く感じる美しい写真作品を選びました。
    しかし、その美しさの背景、つまり被写体への写真家のアプローチは決して牧歌的に美しさを礼賛するストレートなものだけではないのです。たとえ、美しさだけを純粋に探求した作品であったにせよ、被写体を求め、これに到達し、写真として成立させることそれ自体、ストイックな態度が積み重ねによって成立するものでしょう。
    これら写真作品にある美しさを感じていただくと共に、どのようにして被写体に巡り会い、制作したのだろうかに想いを馳せていただきたいのです。あるいは、さらにその美しさを戦略的に用いた作品もあります。このような作品の意図を鑑賞者それぞれの視点から導いていただきたいのです。
    写真作品をつくるのは技術です。しかし、この技術を如何に用いるかこそ、真に大切なことだと考えるからです。

    雨のしずく
    窓の水滴がフォーカスされ、手前の球体と最背面にあるガラス窓の質感の対比が強調されている。

    クラレンス・ホワイト(1871-1925)
    オハイオ州に生まれる。写真は独学で学ぶ。スティーグリッツとともにアメリカにおけるピクトリアリズムの中心的役割を果たす。コロンビア大学で教職につき、1914年には自ら写真学校を設立した。この学校の出身者には、次世代の多くの優れた写真家が含まれている。

  • マザーグランディ、クリアクリーク渓谷
    ウィリアム・ヘンリー・ジャクソン
    1860-79年頃
    鶏卵紙

    「写真のエステ 写真作品のつくりかた」
    平成25年度のコレクション展は「写真の美しさはどこにある?」に、企画者が感じる写真の美の在り方を選びとります。「アングル」「焦点」「光のあつかい」「暗室作業」の4つの構成要素を手がかりに作品を紹介。 企画・構成 三井圭司(東京都写真美術館/学芸員)

    暗室作業
    ジョン・トムソンの作例に見られる黒い布でくるまれた荷車を見ればお解りの通り、1880年代になるまで、写真撮影は常時傍らに暗室を必要とした。原板は購入するものではなく、撮影の直前に薬品と塗布し、撮影の直後に現像しなくてはならなかった。このように、写真の制作はカメラの中だけで成立するばかりではない。そして、カメラの外での作業によって、大きく画面は変容する。ネガフィルムも現像処理を経なくては完成しない。写真作品をつくる上で、撮影と同じ比率でこの作業は存在している。最終的に人が見るプリントを作るのは、カメラの中ではないのだから。
    ネガにあるものを印画紙に焼き付ける際に、強調したり、逆につぶしたりする。画像を構成する銀の粒子を粗くすることも、輪郭線を極端に強調するソラリゼーションも暗室で引き起こすテクニックだ。
    なお、章のタイトルを「暗室作業」としたが、厳密には「撮影以外の作業」というか「撮影後の処理」といった意味合いが濃い。手彩色や、落款印章を入れること、文字の焼き込み、コラージュはもとより、画面をつなぎ合わせてパノラマ写真を仕立てること。撮影以外の部分にこそ、写真に無限な広がりを与える大切な片翼があるのです。

    マザーグランディ、クリアクリーク渓谷
    ジャクソンはアメリカの西部開拓記録写真を多く制作したことで知られる人物。本作もコロラド州中央北部にある渓谷を走る鉄道を捉えている。なお、下部に場所を示す文字が焼き付けられており、暗室作業によって情報が加えられた作例である。

    ウイリアム・ヘンリー・ジャクソン (1843-1942)
    ニューヨークに生まれる。南北戦争に歩兵として従軍後、西部で写真家を目指す。1867年にオマハでスタジオを構えた。アメリカ地質学調査団に公式カメラマンとなり、イエローストーン地区を撮影、国立公園化に貢献した。その後、万博や雑誌等からの依頼で世界各国を撮影した。

  • 題不詳(岩田織部像)
    堀 与兵衛
    1869-70年頃
    鶏卵紙

    「写真のエステ 写真作品のつくりかた」
    平成25年度のコレクション展は「写真の美しさはどこにある?」に、企画者が感じる写真の美の在り方を選びとります。「アングル」「焦点」「光のあつかい」「暗室作業」の4つの構成要素を手がかりに作品を紹介。 企画・構成 三井圭司(東京都写真美術館/学芸員)

    暗室作業
    ジョン・トムソンの作例に見られる黒い布でくるまれた荷車を見ればお解りの通り、1880年台になるまで、写真撮影は常時傍らに暗室を必要とした。原板は購入するものではなく、撮影の直前に薬品と塗布し、撮影の直後に現像しなくてはならなかった。このように、写真の制作はカメラの中だけで成立するばかりではない。そして、カメラの外での作業によって、大きく画面は変容する。ネガフィルムも現像処理を経なくては完成しない。写真作品をつくる上で、撮影と同じ比率でこの作業は存在している。最終的に人が見るプリントを作るのは、カメラの中ではないのだから。
    ネガにあるものを印画紙に焼き付ける際に、強調したり、逆につぶしたりする。画像を構成する銀の粒子を粗くすることも、輪郭線を極端に強調するソラリゼーションも暗室で引き起こすテクニックだ。
    なお、章のタイトルを「暗室作業」としたが、厳密には「撮影以外の作業」というか「撮影後の処理」といった意味合いが濃い。手彩色や、落款印章を入れること、文字の焼き込み、コラージュはもとより、画面をつなぎ合わせてパノラマ写真を仕立てること。撮影以外の部分にこそ、写真に無限な広がりを与える大切な片翼があるのです。

    題不詳(岩田織部像)
    撮影後に行う着彩によって如何に異なる画面ができるかを比較してみることができる。
    ただし、一見すると着彩の有無がのみ異なる写真に見えるが、仔細に眺めると人物と屏風との関係が異なり、また、瞳部分の加筆が着彩されたものにはないなど、ほぼ同時期に制作された異なるネガから制作されたものであることがわかる。

    堀 与兵衛 (1826-1880)
    京都に生まれる。本名、真澄。ガラス商として独立後、丸太町に店を出して大阪屋と号し、与兵衛を名乗る。1862年頃に写真化学を学ぶ。現像液の研究を独自に進め、薬品の調合を「西洋写真薬法書」に記したほか、1863年には通称鶏卵紙といわれる感光紙の開発にも成功。1864年関西初の営業写真師として京都に写真館を開設した。

  • 題不詳(岩田織部像)
    堀 与兵衛
    1869-70年頃
    鶏卵紙に手彩色

    「写真のエステ 写真作品のつくりかた」
    平成25年度のコレクション展は「写真の美しさはどこにある?」に、企画者が感じる写真の美の在り方を選びとります。「アングル」「焦点」「光のあつかい」「暗室作業」の4つの構成要素を手がかりに作品を紹介。 企画・構成 三井圭司(東京都写真美術館/学芸員)

    暗室作業
    ジョン・トムソンの作例に見られる黒い布でくるまれた荷車を見ればお解りの通り、1880年台になるまで、写真撮影は常時傍らに暗室を必要とした。原板は購入するものではなく、撮影の直前に薬品と塗布し、撮影の直後に現像しなくてはならなかった。このように、写真の制作はカメラの中だけで成立するばかりではない。そして、カメラの外での作業によって、大きく画面は変容する。ネガフィルムも現像処理を経なくては完成しない。写真作品をつくる上で、撮影と同じ比率でこの作業は存在している。最終的に人が見るプリントを作るのは、カメラの中ではないのだから。
    ネガにあるものを印画紙に焼き付ける際に、強調したり、逆につぶしたりする。画像を構成する銀の粒子を粗くすることも、輪郭線を極端に強調するソラリゼーションも暗室で引き起こすテクニックだ。
    なお、章のタイトルを「暗室作業」としたが、厳密には「撮影以外の作業」というか「撮影後の処理」といった意味合いが濃い。手彩色や、落款印章を入れること、文字の焼き込み、コラージュはもとより、画面をつなぎ合わせてパノラマ写真を仕立てること。撮影以外の部分にこそ、写真に無限な広がりを与える大切な片翼があるのです。

    堀 与兵衛 (1826-1880)
    京都に生まれる。本名、真澄。ガラス商として独立後、丸太町に店を出して大阪屋と号し、与兵衛を名乗る。1862年頃に写真化学を学ぶ。現像液の研究を独自に進め、薬品の調合を「西洋写真薬法書」に記したほか、1863年には通称鶏卵紙といわれる感光紙の開発にも成功。1864年関西初の営業写真師として京都に写真館を開設した。

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