注目のコレクション

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  • 無題
    有馬光城
    1927年

    「第二回日本写真大サロン」(1927年11月)で入選した作品。放射された光と影が交錯する中にシルエットのなった人影が作り出す人工的な世界には、モダニズムの感性が見てとれる。しかし作者は「尚近頃の写壇の新興的な動向や商工的な方面などは、私の感じから未だ一種の傍系な余興味以外には出ませんが、芸術主義と写真主義の二つの方向の対趾的分離をハッキリと認識すべき」と自分の作画態度を主張している。

  • 収穫之図
    淵上白陽
    1927年

    表現主義を標榜した作者が、満州へ渡る前年に制作した作品である。下からあおるようなアングルで二人の農婦をとらえ、さらに引伸ばし印画を作る際に縦方向にデフォルマシオンさせている。少しセピア色に調色して「雑巾がけ」のレタッチによる表現には、労働する人間の生命に対する荒々しい共感が貫かれていよう。「人間の芸術」を追求した作者の熱い意志がうかがわれる。

  • ハスの花
    河野龍太郎
    1928年

    営業写真館を経営して優れた肖像写真を数多く制作した作者は、風景や静物をモチーフにブロムオイル印画法や「雑巾がけ」のレタッチを駆使した作品で多くの公募展を舞台に活躍している。池に咲くはすの花を中心にとらえたこの作品は、ストレートな引伸ばし印画に微妙なレタッチをほどこすことによって、写真的な遠近感を失わせてピクトリアルな世界を表現している。


  • 島村紫陽
    1928年

    日本光画協会機関誌『画集』(第三・四輯、1929年刊)に掲載された作品(ただしモノクロ印刷による)。カラー表現の「雑巾がけ」という稀有な技法を駆使する作者は、自らの作画態度について「私の作品は全部は絵具を用ひてゐます。絵具なしでは満足する美が得られない、従つて作画する樹にもなれない。絵によつては極端に絵具のあとを現はし、絵画的又は感覚的の味わひに喜悦を感じるのです」と述べている。


  • 成田隆吉
    1929年頃

    東京美術学校の臨時写真科に学んだ作者は、営業写真館を経営しながら、同校の卒業生がつくった芸術写真を追求する団体「洋々社」のメンバーとしてピクトリアルな肖像写真を数多く制作している。この作品は、アカデミックなロマンティシズムをうかがわせながらも「昭和」という新しい時代を生きる女性の存在が若々しく描き出されている。

  • ヌード
    小川月舟
    1923年

    同じ作者による「瀞峡」(cat.no.62)が横長の画面によって日本の伝統的な絵画世界を見せているのに対して、この作品は短冊を思わせるような極端に縦長の画面を持っている。1920年代前半においてヌード作品は極めて珍しい。少女を思わせる伸びやかな肢体の頭部と背中の一部をカットするという大胆な構図は、日本の伝統に回帰するというより、西欧の「ジャポニスム」というモダニズムにルーツがあるように見える。

  • 雪山、アタゴ
    梅阪鶯里
    1930年

    第三回銀鈴社展(1930年5月)に出品された「雪山薄暮」(『写真月報』1930年11月号掲載)と同じ原板によるヴァリアントと考えられる。これについて同じ銀鈴社のメンバーである米谷紅浪は「お家芸の大観張りのマッタリ来るゴムの味が魅惑的」と評している。写真とは思えない表現をもつこの作品は、最近の調査研究で昼間の夏山を撮影した写真から明暗を反転したネガティブ表現による作品であることが判明した。

  • 雪景色
    大久保好六
    1920-30年

    二階の部屋からでも撮影したのであろうか、木の枝にぽったりと積もった雪のフォルムが何とも不思議な絵画的な世界を醸し出している作品である。よく見ると雪が降っているのがわかるのだが、これは撮影時のものではなく、作者の手によってブロムオイル印画法で描き出されたものである。ピグメント印画法ならではの表現が、この作品を魅力をささえている。

  • 洛北の里
    廣井昇
    1931年

    「1931年度日本光画協会展」に出品したと作者自身の手でメモが残されている。営業写真館を経営しながら日本光画協会のメンバーとして活躍した作者は、「雑巾がけ」のレタッチを駆使し表現で評判を獲得していた。本作品も、その実力が十分にうかがえ、京都郊外の田園風景を抒情的な感情でとらえている。戦後は「植木」と改姓し、そのアバンギャルドな表現のユニークさが注目されている。

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