注目のコレクション

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  • 円の構成
    林平吉
    1925年

     初期のカラー写真の研究者として知られている作者の下で木村伊兵衛も勉強している。その作者による、現存唯一の作品である。三色分解してブロムオイル印画法で仕上げる技術は、世界的に行われているが、日本ではほとんど行われていない。柔らかなトーンのカラーで展開される静物表現は、ピクトリアリズムの可能性を示すものにもなっていよう。

  • 五月の郊外
    淵上白陽
    1920-25年

     おそらく「ヴェリト」などのソフト・フォーカス・レンズを使って撮影されたと思われる。レンズ特有のフレアを活かしてストレートの引伸ばされたプリントには、さわやかな五月の光と空気感が「アトモスフィアー」として詩的に表現され、観る者をロマンティックな世界に導いてくれる。「気分や情緒の表現」を芸術作品の基本とする作者の主張がうががえる作品である。

  • 豊子さん
    大久保好六
    1926年

     日本写真会が主催した「肖像写真展」で優選を受賞したとの記録が作者のスクラップブックに残されているが、その詳細は不明。親しい関係にある少女ではないかと思わせる愛情にみちた作者の眼差しが顕著な作品である。日本のピクトリアリズムの作品には珍しい、淡い藍色のピグメントを使ったブロムオイル印画法による表現には、高い技術と独自性が感じられる。

  • 踊りの前
    大久保好六
    1926年

     全関西写真連盟が主催した「第1回日本写真サロン」(1926年11月)に入選した作品。縦長の細長い画面の左肩に「好路久」とサインがされ落款が押され、日本画の様式を意識的に取り入れている。演出によるかは判断できないが、日本舞踊のおさらい会の楽屋であろうか、娘を気遣う母親の細やかなしぐさが印象的である。ブロムオイル印画のマチエールの効果もあいまって、まるで日本画を見ているような感覚にとらわれる。

  • 霜の朝
    大久保好六
    1926年

     「踊りの前」(cat.no.48)とともに「第1回日本写真サロン」に入選した作品。『アサヒグラフ』の写真部カメラマンとして報道写真を撮る一方、ブロムオイル印画法を駆使してピクトリアリズムを標榜する芸術写真を制作していた作者ならではの作品である。焚火をする少年たちの姿をリアルにとらえ、それを一幅の絵画を思わせる端正な構図に収めた表現には、生活風景の情感が見事に表現されている。

  • 静物
    高山正隆
    1926年

     大阪毎日新聞社と東京日日新聞社が主催した「第1回日本写真美術展」第二科推薦で文部大臣賞を受賞した作品。『芸術写真研究』(アルス、1926年3月号)に掲載されたとき、中嶋謙吉は「全くの遠近の科学的概念から離れたところの絵模様としての興味がある」、これは「頭脳の仕事であるが構成派趣味ではなくて、古い市松に刷分けた双六版画の味である。此作者は古い形式をみな現代的に咀嚼し直して自分のものにする」と評している。

  • 瓜之図
    有馬光城
    1926年

     「1931年度日本光画協会展」(1931年5月)において「特別出品」として開催された個展に、作者の代表作のひとつとして出品されている。「唯自我の選択力に不断の訓練を心掛けてその浄化をはかること」そして「深く内部に包蔵した作境に進みたい」という作者の求道的な作画態度が、微妙なデフォルマシオンと重厚な「雑巾がけ」のレタッチを駆使したこの作品に顕著に現れている。

  • 土蔵と少女の風景
    大久保好六
    1927年頃

     土蔵の白壁に落ちる三角形の影が印象的な作品である。ここに見られるブロムオイル印画法は、被写体の存在感を強調するのではなく、街角にあふれる光を軽やかに表現している。さらに建物の線をレタッチすることによって生ずるレリーフを思わせるような独特な表現は、少女がたたずむ街角に現実離れした不思議な実在感をあたえている。

  • 静物
    大久保好六
    1927年

     この作品にも「土蔵と少女の風景」(cat.no.58)と同じようなブロムオイル印画法の表現が見てとれる。ピグメント印画法によって対象の存在感を重厚に表現しようとする態度は、画一化した技巧主義と批判されるが、ここで展開される作者の表現には、ブロムオイル印画法がもつ可能性が示されており、それは時代のモダニティイによってささえられていると見るべきではないだろうか。

  • 暁靄
    梅阪鶯里
    1927年

     第二回日本写真美術展(1927年5月)で第一科推薦一席を獲得して文部大臣賞を受賞した作品。大正期に日本のピクトリアリズムの主流を形成してきた風景表現とは一線を画した表現に対して、審査員の一人である榊原青葉は「古い山岳の型を取り扱つてしかも古きに因はれず、単純化した山の連りのみを以て全紙の隅々まで充実せしめた手腕と、光琳張りの行方で少しの無理もない端麗なゴムの技巧は全く感服の外はない」と激賞している。

  • 瀞峡
    小川月舟
    1927年

     第十六回研展(1927年2月)でこのときの最高賞である二等賞を受賞した作品。日本画を思わせる大胆なトリミングによる横長の画面によって瀞峡の雄大な風景を「必要な丈けの厚味を残して軽く明るく」巧みに表現しているが、発表当時は賛否両論であった。これに対して米谷紅浪は「是れは君の感じたる「瀞峡」であつて君の狙ひが芸術から外れてゐなければそれで充分だと思ふ」と評している。

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