注目のコレクション

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  • 《ボゴタ寺院の眺め》
    ジャン=バティスト・ルイ・グロ
    1842年
    ダゲレオタイプ

    ジャン=バティスト・ルイ・グロ(1793 - 1870)
    フランス生まれ。フランスの外交官で、初期のダゲレオタイプ撮影家のひとり。ボゴタおよびアテネ、フランス臨時代理大使を務め、ロンドンでは大使を務めた。1857年と1858年には中国(清)と幕末の日本に外交使節として派遣されている。この間に多くのダゲレオタイプを撮影しているが、もっとも有名なのはアテネのアクロポリスを撮影したものである。

  • 〈自然の鉛筆〉より《オクスフォードのクイーンズ・カレッジの一角》
    ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット
    1844-46年
    カロタイプ

    ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット (1800-1877)
    イギリス・ドーセット生まれ。ケンブリッジ大学に学び、科学者として数学、天文学、物理学の論文を発表。1834年頃からカメラ・オブスクラによって得られる像を化学的に固定する実験を始め、35年、ネガ像の制作に成功、「フォトジェニック・ドローイング」と名付ける。39年にフランスでダゲレオタイプが公表された後、41年、より改良されたネガポジ法によるカロタイプを発表し、特許を取得。44-46年、世界で最初の写真集『自然の鉛筆』(全6冊)を刊行した。

  • ルーヴル宮殿
    エドゥアール=ドニ・バルデュス
    1852-57年
    単塩紙

    エドゥアール=ドニ・バルデュス(1813-89)
    ドイツ・ヴォストファーレン生まれ。画家として活動していたが、1849年に写真家に転じた。51年、「ソシエテ・エリオグラフィーク」の設立メンバーの1人になる。55年、ルーヴル美術館建設のための事業の撮影を引き受ける。写真の拡大はまだ1850年代には不可能だったので、パノラマ写真を作成するためにいくつかのネガを組み合わせて、より大きなスケールで画像を作成した。

  • 《パリ、ノートルダム寺院》
    ジャン=ルイ・アンリ・ル・セック
    1851年
    単塩紙

    ジャン=ルイ・アンリ・ル・セック (1818-1882)
    フランス・パリ生まれ。1840年代初めに画家ポール・ドラロッシュの下で絵画を学ぶ。同じく写真家として著名なギュスターヴ・ル・グレイが同門におり、彼の薦めで建築写真家に転向した。51年「ソシエテ・エリオグラフィーク」の設立メンバーとなる。同年フランス政府が設立した歴史的記念物委員会に依頼され、数多くの歴史的建造物を撮影した。教会建築、教会彫刻の撮影で知られるとともに、カロタイプ技法の改良(フレンチ・カロタイプの開発)にも携わった。

  • 《江崎写真館》
    江崎礼二
    1870-79年 
    鶏卵紙

    江崎礼二 (1845-1910)
    美濃国厚見郡江崎村(現・岐阜市江崎町)生まれ。1870年に上京、柳川春三の『写真鏡図説』で湿板写真術を独学する。横浜で下岡蓮杖の教えを受け、71年、東京・芝で写真館を開業。72年、浅草・奥山に移転。明治初期の東京を代表する写真師の一人となる。当時欧米で実用化された写真乾板を83年には輸入。同年、隅田川で行われた水雷爆破の瞬間を撮影、湿板写真に比べて感度が高く露光時間が短い乾板の特性を生かした「早取り写真」によって名声を得た。

  • 〈伊勢神宮〉より 《内宮東宝殿》
    渡辺義雄
    1953年
    ゼラチン・シルバー・プリント

    渡辺義雄(1907-2000)
    新潟生まれ。1925年、小西写真専門学校(現・東京工芸大学)入学。28年オリエンタル写真工業入社。31年『フォトタイムス』の編集に従事。33年には新即物主義の流れをくむ斬新な構図の建築写真《御茶の水驛》を発表するなど、近代写真の先駆的な仕事を行う。34年、グラフ雑誌『NIPPON』の撮影に携わる。53年伊勢神宮の式年遷宮で、写真家として初めて内宮・外宮の御垣内を撮影。以降も継続的に撮影した唯一の作家である。90-95年東京都写真美術館初代館長。

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