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  • 《お籠もりする老婆 高山稲荷》〈婆バクハツ!〉より
    内藤正敏
    1969年
    ゼラチン・シルバー・プリント

    恐山のイタコたちを中心とした東北の民間信仰をテーマとする、作家の代表シリーズ。自由で即興的な撮影や東北のダイナミズムを直感的に伝える構成、タイトルのユニークさを含め、他の追随を許さない強烈なインパクトをもっています。

    内藤正敏
    1938年東京都生まれ。早稲田大学理工学部で、化学を専攻後、フリーの写真家になり、初期は宇宙・生命をテーマに化学反応を撮影する「SF写真」に取り組んだ。25歳で即身仏に出会ったことをきっかけに、羽黒山伏の入峰修行に入る。写真集『婆 東北の民間信仰』(1979年)、『出羽三山と修験』(1982年)、『遠野物語』(1983年)、『東京 都市の闇を幻視する』(1985年)などを発表。多数の研究書・論文を発表する民俗学者でもある。元・東北芸術工科大学大学院教授、東北文化研究センター研究員。

  • 《月夜の盆踊り 赤倉法泉院》〈婆バクハツ!〉より 
    内藤正敏
    1969年
    ゼラチン・シルバー・プリント

    大学時代、化学を専門に学んだ内藤は、制作過程において独自の実験的な手法を取り入れています。化学反応を写した〈コアセルベーション〉などの初期作品では暗室でのネガポジ反転、多重露光やコラージュなど特殊技法を駆使するなどのほか、〈婆バクハツ!〉シリーズなどを手掛けた60年代後半では報道用にしか用いられなかったストロボ撮影を意識的に取り入れ、さらにノーファインダーで撮影することで強い光を受けて闇夜に怪しく存在する被写体の姿が強調されています。

    内藤正敏
    1938年東京都生まれ。早稲田大学理工学部で、化学を専攻後、フリーの写真家になり、初期は宇宙・生命をテーマに化学反応を撮影する「SF写真」に取り組んだ。25歳で即身仏に出会ったことをきっかけに、羽黒山伏の入峰修行に入る。写真集『婆 東北の民間信仰』(1979年)、『出羽三山と修験』(1982年)、『遠野物語』(1983年)、『東京 都市の闇を幻視する』(1985年)などを発表。多数の研究書・論文を発表する民俗学者でもある。元・東北芸術工科大学大学院教授、東北文化研究センター研究員。

  • 《鉄門海上人 注連寺》〈即身仏〉より 
    内藤正敏
    1964年
    ゼラチン・シルバー・プリント

    内藤は25歳の時、山形県・湯殿山麓にある注連寺で「鉄門海上人」の即身仏との出会いに大きな衝撃を受けます。その後、内藤は4×5カメラで湯殿山を中心に即身仏をモノクロームで撮影しました。この戦慄の体験が作家活動を一変させる原体験となりました。

    内藤正敏
    1938年東京都生まれ。早稲田大学理工学部で、化学を専攻後、フリーの写真家になり、初期は宇宙・生命をテーマに化学反応を撮影する「SF写真」に取り組んだ。25歳で即身仏に出会ったことをきっかけに、羽黒山伏の入峰修行に入る。写真集『婆 東北の民間信仰』(1979年)、『出羽三山と修験』(1982年)、『遠野物語』(1983年)、『東京 都市の闇を幻視する』(1985年)などを発表。多数の研究書・論文を発表する民俗学者でもある。元・東北芸術工科大学大学院教授、東北文化研究センター研究員。

  • 《かまど神、東和町》〈東北の民間信仰〉より 
    内藤正敏
    1968年
    ゼラチン・シルバー・プリント

    内藤の仕事はつねに複数の関心が多層的に重なり合って発展していきます。1967年に手がけた北海道開拓写真(田本研造、武林盛一らによる明治期に撮影された写真群の再評価を提唱する「私説・田本研造論」季刊写真映像1969年1号にて発表)の調査において、土地の「生々しい記録写真」に魅せられた内藤は、津軽、下北、庄内などで〈東北の民間信仰〉を撮影し始めました。本シリーズは〈婆バクハツ!〉へと発展していきます。

    内藤正敏
    1938年東京都生まれ。早稲田大学理工学部で、化学を専攻後、フリーの写真家になり、初期は宇宙・生命をテーマに化学反応を撮影する「SF写真」に取り組んだ。25歳で即身仏に出会ったことをきっかけに、羽黒山伏の入峰修行に入る。写真集『婆 東北の民間信仰』(1979年)、『出羽三山と修験』(1982年)、『遠野物語』(1983年)、『東京 都市の闇を幻視する』(1985年)などを発表。多数の研究書・論文を発表する民俗学者でもある。元・東北芸術工科大学大学院教授、東北文化研究センター研究員。

  • 《カッパ淵 土淵》〈遠野物語〉より
    内藤正敏
    1972年
    ゼラチン・シルバー・プリント

    1971年から75年にかけて岩手県・遠野市での撮影を中心としたシリーズ(1983年写真集刊行)。民俗学の創始者・柳田國男の代表作『遠野物語』をベースとして、この地の生活や習俗、信仰を捉えました。作家にとって1970年代に撮影した遠野の地は、「佐々木喜善」、「山人の住む闇のアジール(聖域、避難所)」、「金属民俗学」といった作家のその後の関心が、テーマの母体となりました。

    内藤正敏
    1938年東京都生まれ。早稲田大学理工学部で、化学を専攻後、フリーの写真家になり、初期は宇宙・生命をテーマに化学反応を撮影する「SF写真」に取り組んだ。25歳で即身仏に出会ったことをきっかけに、羽黒山伏の入峰修行に入る。写真集『婆 東北の民間信仰』(1979年)、『出羽三山と修験』(1982年)、『遠野物語』(1983年)、『東京 都市の闇を幻視する』(1985年)などを発表。多数の研究書・論文を発表する民俗学者でもある。元・東北芸術工科大学大学院教授、東北文化研究センター研究員。

  • 《キャバレーの看板 銀座》〈東京 都市の闇を幻視する〉より 
    内藤正敏
    1971年 
    ゼラチン・シルバー・プリント

    「江戸・東京」は内藤にとって「東北」とともに重要なテーマです。江戸の時空へと通じている浅草の見世物小屋や、帰る故郷のない人間のふきだまりとしての大都市・東京を象徴するホームレス、混沌とした繁華街の狂騒。内藤は、都市の内側にある闇の世界に魅せられました。このシリーズには、昭和の終わりの時代、東京という都市が放出していたエネルギーが強く表れています。その後、内藤は浅草を入口として、上野、銀座、新宿へと撮影地を広げ、70年から85年までの長い年月をかけて、都市を撮り続けた成果を写真集『東京』にまとめました。

    内藤正敏
    1938年東京都生まれ。早稲田大学理工学部で、化学を専攻後、フリーの写真家になり、初期は宇宙・生命をテーマに化学反応を撮影する「SF写真」に取り組んだ。25歳で即身仏に出会ったことをきっかけに、羽黒山伏の入峰修行に入る。写真集『婆 東北の民間信仰』(1979年)、『出羽三山と修験』(1982年)、『遠野物語』(1983年)、『東京 都市の闇を幻視する』(1985年)などを発表。多数の研究書・論文を発表する民俗学者でもある。元・東北芸術工科大学大学院教授、東北文化研究センター研究員。

  • 《酒を飲む浮浪者 新宿》〈東京 都市の闇を幻視する〉より 
    内藤正敏
    1970年 
    ゼラチン・シルバー・プリント

    「江戸・東京」は内藤にとって「東北」とともに重要なテーマです。江戸の時空へと通じている浅草の見世物小屋や、帰る故郷のない人間のふきだまりとしての大都市・東京を象徴するホームレス、混沌とした繁華街の狂騒。内藤は、都市の内側にある闇の世界に魅せられました。このシリーズには、昭和の終わりの時代、東京という都市が放出していたエネルギーが強く表れています。その後、内藤は浅草を入口として、上野、銀座、新宿へと撮影地を広げ、70年から85年までの長い年月をかけて、都市を撮り続けた成果を写真集『東京』にまとめました。

    内藤正敏
    1938年東京都生まれ。早稲田大学理工学部で、化学を専攻後、フリーの写真家になり、初期は宇宙・生命をテーマに化学反応を撮影する「SF写真」に取り組んだ。25歳で即身仏に出会ったことをきっかけに、羽黒山伏の入峰修行に入る。写真集『婆 東北の民間信仰』(1979年)、『出羽三山と修験』(1982年)、『遠野物語』(1983年)、『東京 都市の闇を幻視する』(1985年)などを発表。多数の研究書・論文を発表する民俗学者でもある。元・東北芸術工科大学大学院教授、東北文化研究センター研究員。

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