注目のコレクション

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  • 《デスピオ、アンダイ》
    ジャック・アンリ・ラルティーグ
    1927年
    ゼラチン・シルバー・プリント

    ジャック・アンリ・ラルティーグ(1894-1986)
    父親から手ほどきを受け、幼少期より身近な光景を写真に撮り始める。1915年、パリの美術学校に入学して絵画を学ぶ。以後、絵画や雑誌のイラストレーションなどの仕事をした。62年、アメリカに滞在がきっかけで、作品がニューヨーク近代美術館のキュレーター、ジョン・シャーカフスキーの目に留まり、翌年、同館で個展を開催するとともに、『LIFE』で特集記事が組まれた。

  • 《ニューヨークのチャールズ・H.フォスターとエイダ・アイザックス・メンケン》
    ウィリアム・H.マムラー
    1871年
    鶏卵紙

    ウィリアム・H.マムラー(1832-1884)
    ニューヨーク、ボストンで活動した最初の「心霊写真家」とされる。1860年代以降、亡くなった家族や恋人の「霊」とともに依頼主の肖像を撮影するという触れ込みで、2枚の異なるネガから印画紙上に二重に露光することによって、人物肖像と「霊」が重なった画像を制作し、商業的な成功を収めた。1870年代にはメアリー・トッド・リンカーン(アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーン未亡人)の肖像を撮影したことで知られている。

  • 〈第1回幕府遣欧使節団〉より
    ナダール
    1862年
    鶏卵紙


    ナダール(1820-1910)
    19世紀パリの有名な肖像写真家ナダールは、遣欧使節団としてパリに滞在していたサムライたちの写真を多数撮影した。開国するかどうかの外交問題でゆれる幕末の日本人にとって、この旅は未知の西洋文明との衝撃的な出会いの体験であり、一方のヨーロッパ人にとってはチョンマゲ、着物、帯刀のサムライたちは奇異の対象となった。

  • 井手傳次郎
    (女児像)
    1920-30年
    ゼラチン・シルバー・プリント

    井手傳次郎(1891-1962)
    長崎県生まれ。10代半ばで上京し西洋画を学ぶ。関東大震災をきっかけに長崎へ戻り、写真術を学んだ。1926(昭和2)年に長崎市片淵町で「響(ひびき)写真館」を開業。1943(昭和18)年に閉館するまでの間の16年間、大いに繁盛した。当時の市民たちにとって、祝い事や特別な行事の時にこの写真館で撮ってもらうことがステイタスだったという。

  • 《ミルクの滴の小冠》
    ハロルド・ユージン・エジャートン
    1957年
    ダイ・トランスファー・プリント

    ハロルド・ユージン・エジャートン(1903-1990) 
    ストロボ撮影のパイオニアとして知られるアメリカの電気工学者。1931年に高速ストロボ装置を開発し、〈電球を通り抜ける弾丸〉などの高速度撮影によって、誰も見たことがなかった100万分の1秒以下の現象を撮影することに成功する。第二次世界大戦後にはカラー写真による《ミルクの滴の小冠》などを手がけた。

  • 《家・窓・人》〈フォトデッサン〉より
    瑛九
    1950年
    ゼラチン・シルバー・プリント

    瑛九(1911-1960) 
    本名・杉田秀夫。10代の頃から上京して洋画を志すとともに、専門学校で写真を学んだ。1936年に画家・長谷川三郎、美術評論家・外山卯三郎とともに、自身の写真現像による作品を「フォト・デッサン」と命名、同時に作家名を「瑛九」と名乗ることを決めた。同年、フォト・デッサン作品集『眠りの理由』を刊行。フォト・デッサン、油彩画、版画と多彩な技法によって独自の芸術表現を追求した前衛画家である。

  • 《タケの茎の断面・偏光顕微鏡写真》
    竹村 嘉夫
    n.d.
    銀色素漂白方式印画

    竹村嘉夫(1925-2013)
    中学生時代に顕微鏡写真と出会う。水産試験所に勤める傍らで、ミクロの世界と水の中の生命をテーマとした作品を発表した。著作には『自然の造形』(1962年)、『魚の表情』(1969年)などの写真集がある。

  • 《冬・ニホンジカ 1993年2月10日》〈死〉より
    宮崎 学
    1993年 
    銀色素漂白方式印画

    宮崎 学(1949- )
    中学校を卒業後、仕事の傍らで野生動物の写真を撮り続け、72年よりフリーランスの写真家として活動、中央アルプスのふもとの伊那谷に住む。自然雑誌や図鑑などで写真を発表している。《死Death in Nature》は、ロボットカメラを活用して、死んだ野生動物が土に還っていくプロセスを記録した写真シリーズである。

  • 《4/2/1978 6:40-9:40 at KUJUKURI》〈HELIOGRAPHY〉より
    山崎 博
    1978年
    ゼラチン・シルバー・プリント

    山崎博 (1946-2017)
    1966年、大学在学中に寺山修司の劇団「天井桟敷」に関わり、それをきっかけに当時の前衛芸術の現場を撮影。78年から79年にかけて、太陽が描く画を構想した代表作〈HELIOGRAPHY〉(写真および映画作品)を制作した。方法や条件を限定したミニマルな作風によって写真特有の偶然性と光の現象の豊かさを写し出し、現代のコンセプチュアルな写真表現の先駆者として知られる。

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