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  • ball sheet ball
    冨井大裕
    2006年
    スーパーボール、アルミ板

    写真 柳場大

    冨井大裕(1974-)は、1990年代半以降、「彫刻」の潜在力をたずね「作品をつくる」ということを問い続けている美術家である。既製品を用いた立体から、「(作品制作のための)指示書」、本による試み、展示の空間や機制をめぐる批評的な作品まで多角的、実験的な制作はいずれも、物を起点とした行為によりその物や場のもつ性質を開示させる性格を持っている。
    《ball sheet ball》は、それを構成する物(スーパーボールとアルミ板)それぞれがもつ、形や色、重さ、といった性質により成立している作品。物のもつ本質的・偶然的な性質を観察、吟味し、それに従い行為することで、あたかもその物自体がそれを当然に成り立たせているかのように見える。冨井の作品の多くは、ばらばらのものが組み立てられたもので、展示の度に「つくる」必要があるため、すべて「指示書」を伴っている。それが可能なのは、個々の物がその機能を最大に発揮しうる状態が確信されているがゆえといえるだろう。冨井作品にとって、指示書は必然的な形式なのである。物の関係性が一つの作品として成り立つことについて、作家の一つの到達を示す一点である。

  • 網元
    池田龍雄
    1953年 
    インク/紙 
    24.7×32.2cm


    1953年9月。画家池田龍雄は東京から遠く離れ、石川県内灘村に来ていた。この漁村は、そののどかな風景とは裏腹に、当時、米軍砲弾試射場の建設問題で騒動の渦中にあった。「一般労働大衆の意識と、それとは甚だしくズレのある芸術家の意識とをいかに結びつけ、弁証法的発展にまでもってゆくかということ」に日々頭を悩ませていた池田は、積極的に社会との接触を図るため、仕事場を飛び出し、反対運動を繰り広げる内灘村の漁民の中に自ら入っていったのである。その場でスケッチしたものを元に後にペン画として完成したこの《網元》は、1950年代の一連の「ルポルタージュ絵画」を語る上で欠くことのできない作品である。深い皺が刻みこまれた大きな顔、肥大化した左手、掌の上に置かれたちっぽけな漁船。画家はスケッチを参照しながらも自在に形や大きさを操り、自らの印象を加えていく。漁師の首に何重にも巻かれた太い縄、背後に漂う不思議な魚たち。それは単なるリアリズムを遥かに超え、画家の問題意識を照らし出し、痛烈な風刺表現にかわる。画家の鋭いペン先はしかし微妙なニュアンスに溢れ、《網元》の物語性を一層豊かに増幅していくのである。

    1928 佐賀県伊万里に生まれる
    1948 多摩美術大学に入学
     1954 最初の個展(東京、養清堂画廊)
     1985 回顧展(池田20世紀美術館)
    東京在住

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