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  • VINYL
    八木良太
    2005年 
    シリコン

    1980 愛媛県に生まれる
    2002 「装飾は罪悪か?」(ジュネーブ、応用芸術大学ギャラリー)
    2003 京都造形芸術大学空間演出デザイン学科卒業
    2004 「混沌から躍り出る星たち」(スパイラル、東京)
    2005 「神戸アートアニュアル2005」(神戸アートビレッジセンター、兵庫)
    2006 個展「side: a [timer]」無人島プロダクション、東京
    2008 個展「エマージェンシーズ8 八木良太」水戸芸術館現代美術ギャラリー
    2009 「ウィンター・ガーデン:日本現代美術におけるマイクロポップ的想像力の展開」原美術館、東京ほか
    2010 「音が描く風景/風景が描く音:鈴木昭男・八木良太」(横浜市民ギャラリーあざみ野)
    2010 ACCの助成によりニューヨークに滞在
    2011 「MOTアニュアル2011 Nearest Faraway 世界の深さのはかり方」(東京都現代美術館)
    「横浜トリエンナーレ」(横浜美術館)
    京都在住

     ターンテーブルの上に氷でできたレコードを置き、針を落とす。レコードはゆっくり回転し、途切れ途切れに曲が流れ出す。そのうち、氷/レコードがとけ始め、溝が消えてゆくにしたがって旋律がリフレインを始める。ノイズが新しい音として屹立してくる一方で、私たちの内側では、もとの旋律が幻聴のように響いている…。「氷のレコード」の通称を持つ当作品≪VINYL≫は、古いレコード盤を型取りして作られた氷のレコードを実際にターンテーブルにのせて演奏する作品である。音という非物質を一定の形(=溝)として保存するレコード盤は、1980年生まれの八木にとっては、目に見える形と目に見えない音との一体化という点において、非常に新鮮な媒体であったと言う。形が同じであればいつも同じ状態で再生するはずのレコード。作家はそれを時間とともに溶解してゆく氷で形成することにより、文字通り、形を持たない音の様態をささやかながら鮮烈に示す作品を生み出した。振動でしかない音を保存することをそのまま凍らせることに転換した≪VINYL≫は、当の氷の溶解によって、形もなく消えゆく音や不可逆の時間というものの在り方について、見る者/聴く者にさまざまな問いを投げかけるのである。
     美術とともに空間デザインを学び、チャンスオペレーションなどからも影響を受けた八木は、サウンドオブジェ、テキスト、造形、映像、インスタレーションなど、多様な媒体を手掛かりに多岐にわたる制作を行っている。その仕事はいずれも、レディメイドの機能・部分を巧みに利用・変形させることで、私たちの認識の裏側や隙間を垣間見せてくれる性格を持つ。音や時間についての洞察を含みながら、無常観にも通じるような儚さと微かな可笑しみが感じられる≪VINYL≫は、「日常の中に未知はまだある」と言うこの作家の特徴と魅力を端的に伝える作品と言えよう。



  • 砂川五番
    中村宏
    1955年
    油彩/合板
    92.5×183.0cm

    1932 静岡県に生れる
    1953 「第1回ニッポン展」に出品
    1954 「第7回日本アンデパンダン展」に出品
    1955 日本大学芸術学部美術学科卒業
    1956 最初の個展(タケミヤ画廊、東京)
    1969 美学校創設に参加
    1986 「前衛芸術の日本1910-1970 」に出品(ポンピドゥ・センター、パリ)
    2007 個展「中村宏・図画事件 1953-2007」(東京都現代美術館)
       東京在住

    重苦しく不吉な鉛色の空の下、丸々とした巨大な爆撃機の影が遠景にうずくまっている。パノラミックな横長の画面のほとんどを占める人物群像。その中央最前面では、ロボットのように鈍重で無表情な警官隊が、必死の形相をした農民たちを排除しようとしている・踏みにじられた地図。カリカチュア的な人物表現と歪んだ空間表現には、誇張が顕著である。だがそれだけに、非人間的な権力と名もなき民衆との対決をヒロイックに描き出そうとした作者の意図は、手に取るようにはっきりとわかる。東京都下の砂川町で起こっていた立川基地拡張反対運動は、1955年9月、ついに組合や学生を加えた反対派の町民と警官隊との衝突事件にまで発展した。この「砂川事件」に取材した本作は、社会批判を前面に押し出した1950年代の(ルポルタージュ絵画)の代表作である。それは、単なる写実ではなく、シュルレアリスムに基づく前衛的な手法こそが絵画に深い社会性を与えることができるとした、一つの芸術運動であった。だが、60年安保の挫折とともに画家たちは、土俗的なポップ=シュルレアリスムなど、より間接的な表現によって、繁栄を謳歌する社会に対する問い掛けを行うようになっていった。

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