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  • 遠藤利克
    1991年
    木、タール、(火)
    直径95x1926cm
    撮影:鈴木光彦

    1950 岐阜県高山に生まれる
    1972 名古屋造形芸術短期大学彫刻科卒業
    1975 最初の個展「水をよむI」(東京,ルナミ画廊)
    1986 「第6回インド・トリエンナーレ」に出品
    1990 「第44回ヴェネツィア・ビエンナーレ」に出品
    1991 個展「遠藤利克 円環―加速する空洞」(東高現代美術館)
     個展「地,気,火,水―遠藤利克の彫刻」(オリエル・モスティン、ウェールズ他)
     「構造と記憶―戸谷成雄,遠藤利克,剣持和夫」(東京都美術館)に出品
     埼玉県在住

    遠藤利克は円環を中心とする簡潔な形態の彫刻を手がけてきた作家で、主に木を素材として用い、燃やして表面を炭化させる独特な作風をもっている。彼の作品は力強い存在感をもちながら静謐さと神秘性を湛えている。長い円筒形のこの作品は「泉」と名付けられた。この作品以前に桶型のものに水を満たした作品、その後に短い円筒形で同じ「泉」というタイトルの作品を制作している。水を満たす器の底を抜いたとき、満ちて静止していた水は動き出し、こんこんと湧き出る泉となった。遠藤は空洞性、欠落について語るが、欠落を知るからこそ、その作品には存在感があるのだ。欠落は動きと流れを引き出す吸引力となる。「泉」の中心を貫く空洞こそが、目には見えぬエネルギーを秘めている。それはこの中心に磁線の流れを想定してみればよい。その周囲には強い磁場が出現する。この泉は流れ出すだけでなく、地中の豊かな流れを秘めた水脈そのものである。(Y.W.)

  • 「戒厳状態」シリーズ
    石井茂雄
    1952年頃
    インク、鉛筆/紙
    39.8x33cm

    1933 東京に生まれる
    1950 文化学院美術科卒業
     「第24回国画会展」に出品,初入選
    1954 「第6回読売アンデパンダン展」出品
    1955 最初の個展(東京,養清堂画廊)
     「製作者懇談会」結成に参加
     「43人展」結成に参加
    1957 「46人展」出品
    1959 「集団30展」出品
    1960 「第28回日本版画協会展」日本版画協会賞受賞
    1962 東京にて死去

    石井茂雄は、1933年東京に生まれた。1950年文化学院美術科を卒業。同年、第24回国画会展に初入選する。当初はシュルレアリスムの影響を受けた人物画を制作していたが、1955年頃からは風刺的な内容をもつ作品へと移行する。それは、見せかけの平和主義に対する挑戦ともいえる強烈な皮肉に満ちたもので、歪んだ人体や廃墟のような都市を主なモティーフとしていた。油彩画の他に、鋭い硬質の線で描かれた素描や銅版画を多く制作しているが、1960年頃には写真を用いたコラージュも手がけている。それらによって彼が表現しようとしたのは、「暴力」や「不安」といったネガティブな感情や感覚だった。戦後の日本が経済的な復興を遂げつつも、社会の奥底に芽生えていた漠然とした不安感や危機感を炙り出すかのように、皮肉なユーモアに富んだ作品を作り続けていた。
     彼が作品を発表したのは、およそ10年という短い期間だった。仲間と馴れ合うこともなく、挑発的ともいえる発言をも辞さない作家だったと仲間の回想に語られている。また、幼い頃からの持病であった喘息のため、決して丈夫とは言えない体だったという。しかしそれ故に、変動する社会をむしろ傍観者のように冷徹に見据え、50年代日本の様相を鋭敏に感じ取っていたといえるだろう。単なる写生とは異なる意味での新しいリアリズム表現を追求し、そして表現しえた作家のひとりだった。1962年、28歳の若さで急死した。

  • 神話A
    阿部信也
    1951年
    油彩/カンヴァス
    91x116.5cm

    1913 新潟県に生まれる
    1932 独立研究所で学ぶ
    1939 「美術文化協会」の結成に参加,同人となる
    1941-46 フィリピンで日本軍報道部の仕事に従事
    1951 第1回サンパウロ・ビエンナーレ展に出品
     最初の個展(東京,タケミヤ画廊)
    1952 カーネギー国際美術展に出品
    1959 イタリア,ローマに移る
    1971 ローマにて死去


    肋骨が浮き立ち、骨と皮だけにやせ細ったひとが二人、暗闇の中に座り込んでいる。頸のない男に頭を取りつかれた人物は、両腕に力を込め逃れようとしている。戦争中6年間フィリピンで日本軍報道部の仕事に従事した阿部が、帰国後数年を経て着手したのがこの「飢え」のシリーズである。戦前より美術文化協会に所属し、シュルレアリスムの表現を試みていた阿部はまた、前衛写真協会にも所属する写真家でもあった。まさに、石坂洋次郎が言うとおり、「(徴用の間)彼は一枚も戦争画を描かなかった。そして、いま頃、こんな形で彼の戦争画を発表したのである。これは、いささかも感傷を交えない、厳しい戦争否定の宣言……」なのである。本作のタケミヤ画廊回廊の個展への出品、そしてサンパウロ・ビエンナーレ等海外展での活躍を経て、画家は50年代末よりヨーロッパに移り住むことになる。イタリアで客死した阿部のもとには、油彩と並んで、ビザンチンの遺跡の記録写真が大量に残されていた。ここに、人知れず朽ちていくものへの変わらぬ眼差しを我々は知るのである。

  • EIDOLON
    漆原英子
    1956年
    油彩/カンヴァス
    73x90.9cm

    1928 イギリス,ロンドンに生まれる
    1946 精神女学院語学部卒業
    1947 阿部展也に師事
    1952 最初の個展(東京,タケミヤ画廊)
    1981 「1950年代―その暗黒と光芒」展(東京都美術館)に出品
    2002 死去

    万華鏡のようなきらめきの中で、二つの眼をこちらに向ける怪物が大地の上で蠢いている。まるで太古からの長い年月を吸い込んだかのような皮膚は収斂し、その形態と輪郭を捉えどころのないものにしている。《EIDOLON》とは幻影、そして理想をも意味する英語。ロンドン生まれの英文学への造詣から選ばれたこの題名は、作家のヴィジョンをあらわしているかのようだ。
     漆原は、1950年代に美術批評家、瀧口修造が企画したタケミヤ画廊でデビューし、ここを舞台に活動を展開した。「既成画壇への依存を放下し」「個展発表を第一義とする作家」の活躍を希求した瀧口の活動が示すように、50年代とは美術団体や革新的なグループからは独立して制作発表することが可能となった時代であり、特定の流派に限定されることのないこの画面にも、その独自の態度があらわれている。

  • 抵抗
    桂ゆき
    1952年
    油彩/カンヴァス
    130x162cm

    1913 東京に生まれる
    1931 東京府立第五高等女学校卒業
    1935 最初の個展(東京,近代画廊)
    1956-61 欧米に滞在
    1966 「第7回現代日本美術展」最優秀賞受賞
    1991 個展(下関市立美術館)
    1991 東京にて死去

    幼少の頃より身近のオブジェに強い愛着を抱いていた桂は、コラージュ等の技法により「物と即結して即物的に」制作を行っていた。しかし戦争を契機に、社会状況と無関係に生み出される作品に疑問を感じ、これまで沈めていた物語性や思想性、人間性を押し出すことへと意識を転換させる。その結果、実際に物をコラージュしたもの、あるいはそれらを描いたものと戯画化・抽象化された人物像との組み合わせによる表現を試みるようになる。《抵抗》と題された本作品で、人物は生々しく赤い爪に長い髪を引っ張られており、その力から逃れようと鳥の脚にしがみついている。鳥はその手に抗うかのように首をもたげ、羽ばたこうとする。爪と人物、鳥と人物の間に力が拮抗し、強い運動感が画面に生じている。桂は、自分の感受性を素直に表現し、自分だけの世界を創造しようと作品を作りつづけてきた。が、その活動の根底に潜んでいたのは周囲の状況や固定観念に対する抵抗感であろう。ただ、桂自身そうした態度をとりながらも、自分を含めて人間に対し客観的に醒めた眼差しを向けている様が本作品におけるどこかユーモラスな人物の表情に窺えるようにも思えるのである。

  • ヴァシヴィエールの月
    土屋公雄
    1990年
    木(樫、杉、椋、他)
    150x400x4cm

    1955 福井県に生まれる
    1977 日本大学芸術学部建築デザイン科卒業
    1989 ロンドン,チェルシ・スクール・オヴ・アート彫刻科修士課程修了
    1990 個展「Eternity」(リモージュ,ヴァシヴィエール国立現代美術センター)
    1990 第3回朝倉文夫賞受賞
    1991 第14回現代日本彫刻展大賞受賞
    1994 個展「来歴」(斎藤記念川口現代美術館)
    1996 個展「虚構と記憶」(原美術館)
     千葉県在住

    「最初それは小さな金属音で始まった/突然 森の奥で恐怖にも似た叫び声が静寂を切った/数日後……すでにその森は消えていた」(『所在/LOCUS 土屋公雄彫刻作品集』1992年、p.9)。フランス、リモージュにほど近いヴァシヴィエール。1990年、同地の国立現代美術センターで開催される個展を機に土屋はヴァシヴィエールの森に入った。握りしめたのは、伐採の後に打ち捨てられた数個の木片。かつては大木であったろうその木片を一片また一片と並べ、死から生への輪舞を夜空に描く。欠けては満ちる月の円弧は、木片が土に還り、再び大木となって葉を広げる夢と重なり合う。80年代に伐採された自然木や工場廃材を、それらに息吹を与えるがごとく半円形や渦巻型の巨大なマッスに集積した土屋は、本作の後、廃屋を燃やした灰による作品へと向かう。巨大な構築物から物質の最後のそして最初の形である灰へ。それらは、生命の円環への長い祈りなのである。

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