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  • 定規
    豊嶋康子
    Ruler
    1996-1999/2015
    プラスティック定規
    サイズ可変

    豊嶋康子(1967-)は、1990年の個展以来、学校や家庭など社会の規準や価値、行動様式といった、私たちに内面化されている様々な制度と自身との関わりを可視化する作品を手がけてきました。その手法は、私たちの日常的な行為の延長線上にあり、実際に使用されている事物や仕組みへの「介入」と呼べるものです。
    身近な日常品の意味作用や機能に介入をはかる初期の代表作《定規》では、共有された基準=定規に熱を与え、目盛を無効化することで、個々の素材に沿った個体差を生じさせます。《振込み》は、「銀行に「私」空間として口座をひらく」《口座開設》に連なる作品で、自身の口座にATMから振込みをする行為を可視化する試みです。銀行という枠組みを利用し、あるひとつのシステムに、自身を過剰に組み込むことで、記号化の進んだ社会において、自己の成り行きを示すことが目指されました。見えない裏面に過剰な細工が施された、近年の〈パネル〉シリーズは、「絵画」そして「美術館」という制度や条件に対する批評に満ちています。
    豊嶋の制作は、いたるところシステム化と管理が進む現代社会において「私を形づくるものは何か」という問いを一貫して発するものです。作品の現れは多様ですが、すべてに共通する、自身をもってシステムに入り込んでそれを掴もうとする手法は、私たちに、自らの意志、そして自由について“自分で”考えるよう、あらためて促しているように思えます。

  • 《狂った男》
    浜田知明
    1962年
    エッチング、アクアチント
    36.1x29.2cm

    1917 熊本県に生まれる
    1939 東京美術学校油画科を卒業
    1940 召集、中国大陸へ派遣される
    1953 最初の個展(東京、フォルム画廊)
    1979 個展(熊本県立美術館、YYCE国立美術館)
    1980 個展(神奈川県立近代美術館)
    1993 個展(大英博物館日本ギャラリー)
    1996 個展(小田急美術館他)
       熊本県在住

    1917(大正6)年熊本県に生まれた浜田知明は、東京美術学校を卒業した1939年、21歳の時に応召して翌年には中国大陸に派遣された。1994年再び入隊し、終戦を迎える。銅版画の研究を始めたのは1950年からのことである。そして同年からの5年間に、≪初年兵哀歌≫シリーズの15点など戦地での体験を基にした作品の制作に取り掛かった。敵味方の区別なくもたらされる戦争の悲劇を、白と黒のみの切り詰めた表現に昇華させたこれらの作品は、発表当時から国内外で高い評価を受けた。このうち、≪初年兵哀歌(歩哨)≫は1956年第4回ルガノ国際版画展で次賞を受賞している。1956年頃からは、現代社会に生まれる不安や矛盾などを鋭い視点で描き出す作品を発表し、多くの国際展にも出品する。1962年には第5回現代美術展で≪狂った男≫が福島賞を受賞した。また、銅版画集≪見える人≫や≪かげ『曇後晴』≫では、連作の持ち味を活かして現代に生きる様々な人間の姿を象徴的に描き出している。社会や政治に対する鋭い洞察力や愚かな振る舞いに対する冷静な観察に基づきながらも、その底流にある人間愛とユーモアに溢れた作品を一貫して制作する作家である。また、当初から現在に至るまでそのほとんどが単色で制作されており、技法においてもエッチング、アクァチント、メゾチント、ドライポイントなどに限られる。こうした技法の制限から生まれる簡潔で抑制された表現が、物事の本質のみを一層明確に伝えている。

  • 《噫!怒涛の閉塞艦》
    風間サチコ
    2012年
    木版画(パネル、和紙、墨)
    181x418cm

    力強い木版画作品で知られる風間サチコ(1972年生まれ)は、自らの作品を、日本の社会が現在抱える諸問題を、そこに至るまでの歴史的経緯を踏まえつつ検証するための手立てとしている作家である。木版画という複製可能かつプリミティヴなメディアを、風刺や劇画的要素を盛り込みつつ、一点刷りの、「歴史画」ともいえる大画面の構成へと転用する彼女の作品は、現代社会への警鐘という前衛芸術が担ってきた歴史的役割に対する、諧謔的なオマージュともいえよう。この作品のタイトルは、日露戦争の旅順口閉鎖作戦から取られている。戦死者の「軍神化」という歴史的事例が、原爆、第五福竜丸、福島第一原発という、日本と原子力をめぐるクロニクルとともに、原発開発と「安全神話」の流布という現代の問題へと重ね合わされている。画面右端にはかつての原子力潜水艦「むつ」、その後ディーゼル機関を積み、海洋地球研究船として福島の環境調査にも赴いた「みらい」の船影が、異なる時間が重ね合わされたこの作品を象徴するように登場している。

  • 《「戒厳状態」シリーズ》
    石井茂雄
    1952年頃
    インク、鉛筆/紙
    39.8x33cm

    1933 東京に生まれる
    1950 文化学院美術科卒業
     「第24回国画会展」に出品,初入選
    1954 「第6回読売アンデパンダン展」出品
    1955 最初の個展(東京,養清堂画廊)
     「製作者懇談会」結成に参加
     「43人展」結成に参加
    1957 「46人展」出品
    1959 「集団30展」出品
    1960 「第28回日本版画協会展」日本版画協会賞受賞
    1962 東京にて死去

    石井茂雄は、1933年東京に生まれた。1950年文化学院美術科を卒業。同年、第24回国画会展に初入選する。当初はシュルレアリスムの影響を受けた人物画を制作していたが、1955年頃からは風刺的な内容をもつ作品へと移行する。それは、見せかけの平和主義に対する挑戦ともいえる強烈な皮肉に満ちたもので、歪んだ人体や廃墟のような都市を主なモティーフとしていた。油彩画の他に、鋭い硬質の線で描かれた素描や銅版画を多く制作しているが、1960年頃には写真を用いたコラージュも手がけている。それらによって彼が表現しようとしたのは、「暴力」や「不安」といったネガティブな感情や感覚だった。戦後の日本が経済的な復興を遂げつつも、社会の奥底に芽生えていた漠然とした不安感や危機感を炙り出すかのように、皮肉なユーモアに富んだ作品を作り続けていた。
     彼が作品を発表したのは、およそ10年という短い期間だった。仲間と馴れ合うこともなく、挑発的ともいえる発言をも辞さない作家だったと仲間の回想に語られている。また、幼い頃からの持病であった喘息のため、決して丈夫とは言えない体だったという。しかしそれ故に、変動する社会をむしろ傍観者のように冷徹に見据え、50年代日本の様相を鋭敏に感じ取っていたといえるだろう。単なる写生とは異なる意味での新しいリアリズム表現を追求し、そして表現しえた作家のひとりだった。1962年、28歳の若さで急死した。


  • 遠藤利克
    1991年
    木、タール、(火)
    直径95x1926cm
    撮影:鈴木光彦

    1950 岐阜県高山に生まれる
    1972 名古屋造形芸術短期大学彫刻科卒業
    1975 最初の個展「水をよむI」(東京,ルナミ画廊)
    1986 「第6回インド・トリエンナーレ」に出品
    1990 「第44回ヴェネツィア・ビエンナーレ」に出品
    1991 個展「遠藤利克 円環―加速する空洞」(東高現代美術館)
     個展「地,気,火,水―遠藤利克の彫刻」(オリエル・モスティン、ウェールズ他)
     「構造と記憶―戸谷成雄,遠藤利克,剣持和夫」(東京都美術館)に出品
     埼玉県在住

    遠藤利克は円環を中心とする簡潔な形態の彫刻を手がけてきた作家で、主に木を素材として用い、燃やして表面を炭化させる独特な作風をもっている。彼の作品は力強い存在感をもちながら静謐さと神秘性を湛えている。長い円筒形のこの作品は「泉」と名付けられた。この作品以前に桶型のものに水を満たした作品、その後に短い円筒形で同じ「泉」というタイトルの作品を制作している。水を満たす器の底を抜いたとき、満ちて静止していた水は動き出し、こんこんと湧き出る泉となった。遠藤は空洞性、欠落について語るが、欠落を知るからこそ、その作品には存在感があるのだ。欠落は動きと流れを引き出す吸引力となる。「泉」の中心を貫く空洞こそが、目には見えぬエネルギーを秘めている。それはこの中心に磁線の流れを想定してみればよい。その周囲には強い磁場が出現する。この泉は流れ出すだけでなく、地中の豊かな流れを秘めた水脈そのものである。(Y.W.)

  • Lento-Presto (Corridor)
    八木良太 
    2008年
    サイズ可変
    インスタレーション(ビデオ、スーパーツィーター、サヴウーファー)、6分50秒

    美術とともに空間デザインを学び、チャンスオペレーションなどからも影響を受けた八木良太は、サウンドオブジェ、テキスト、映像、インスタレーションなど、多彩な制作を行っている作家である。その仕事はいずれも、レディメイドの機能・部分を巧みに利用・変形させることで、私たちの認識の裏側や隙間を垣間見せてくれる性格を持っている。
    廊下の中央に置かれたスピーカーの左右を行きかう人々の姿を3つ異なる速さで映し出すこの作品は、私たちの通常の可聴領域の外にある音を、映像を操作することによって「聴こえる」ものとして示す作品。八木は、「高速再生でスピーカーから曲を出力し、その様子を風景を含めて撮影/録音してから、撮影した映像と音をスローで再生すると、映像だけスローになり、音は元の速度で流れるはず」という「予測」のもと、この作品を作ったと言う。「a tempo(ふつうの速さで)」と題されたシーンでは、人々は、音を気にとめずに通り過ぎていくが、「Lento(遅く)」では、同じ画像がスローで再生されることで、この聴き取れなかったスピーカーから“曲”が立ち上ってくる。この曲を聴き取る世界から見れば、私たちはなんとゆっくりと生を送っていることだろう。「Presto(速く)」で起きているのはその逆だ。日常ではほとんど感じ取れない低周波音を“曲”として認識する世界から眺めれば、私たちの毎日は、蟻さながらの忙しいものに見えてこよう。八木の仕事は、この世界を俯瞰的に眺める視点―「高次からの視点」を束の間現出させることで、私たちの世界、その認識の枠組みを超える可能性を示唆するのである。

    八木良太 
    1980 愛媛県に生まれる
    2002 「装飾は罪悪か?」(ジュネーブ、応用芸術大学ギャラリー)
    2003 京都造形芸術大学空間演出デザイン学科卒業
    2004 「混沌から躍り出る星たち」(スパイラル、東京)
    2005 「神戸アートアニュアル2005」(神戸アートビレッジセンター、兵庫)
    2006 個展「side: a [timer]」無人島プロダクション、東京
    2008 個展「エマージェンシーズ8 八木良太」水戸芸術館現代美術ギャラリー
    2009 「ウィンター・ガーデン:日本現代美術におけるマイクロポップ的想像力の展開」原美術館、東京ほか
    2010 「音が描く風景/風景が描く音:鈴木昭男・八木良太」(横浜市民ギャラリーあざみ野)
    2010 ACCの助成によりニューヨークに滞在
    2011 「MOTアニュアル2011 Nearest Faraway 世界の深さのはかり方」(東京都現代美術館)
    「横浜トリエンナーレ」(横浜美術館)
    京都在住

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