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  • ふくいちライブカメラを指差す
    指差し作業員
    2011年
    シングル・チャンネル・ヴィデオ

    2011年8月のある日、福島第一原発の現況をネット上でリアルタイムで伝えてきたライブカメラの前に、一人の作業員が立ち、およそ20分間にわたってこちらを指差すという出来事がありました。この人物は数日後にネット上で、政府や東京電力に対し、労働環境などについての提言を行い、さらに自分の行為が、ヴィト・アコンチが25分間にわたって画面の中心を指差し続ける映像作品《センターズ》(1971)を引用したパフォーマンスであったことを明かしました。
     「現場」の中心からこちらを指差す行為は、見る/見られるという視線と映像をめぐる一方通行の関係を反転させます。同時に彼は、スマートフォンで自身の姿を確認しながら、自分をも指差しており、メディア上で情報を発信する際に起こりうる、閉じたナルシシズムにも批評の目を向けているようです。
    その映像の録画である本作品は、後に、竹内公太(1982-)の個展「公然の秘密」で音声を加えて発表されました。諸状況から竹内はこの作業員本人ではないかと推察されるにも関わらず、それを認めません。映像だけからはその同一性を安易に確定すべきでないと主張するのです。様々なものが可視化されているはずのネット社会にも関わらず、見えないことにされるもの。「公然の秘密」。そこに、不可視の放射能によって置き去りにされる明確な「現場」を比喩的に重ね合わせてみることもできるかもしれません。

  • ≪ソイル・ライブラリー JAPAN≫
    栗田宏一 KURITA, Koichi
    2004年 
    日本国内365ヶ所の土、ガラス瓶

    1962年 山梨県生まれ
    1991年 ギャラリートモス(東京)にて個展(1993,1996,1999)
    2003年「ミュージアムスクール<地球の上で>」 東京都現代美術館
    2004年「petites natures ?」 パリ日本文化会館(パリ、フランス)
    2005年「足もとの土」 美濃加茂市民ミュージアム(岐阜)
    2006年「越後妻有アートトリエンナーレ2006」(新潟)
    2011年「メル・コンテンポラリー・アート・ビエンナーレ2011」(ドゥ・セーブル、フランス)
    2012年「SPECIMENS」ドメーニュ・ド・シャマランド(エソンヌ、フランス)

    小さな瓶に詰められた色の粒子がゆるやかなグラデーションで連なっている。栗田宏一の≪ソイル・ライブラリー JAPAN≫は、日本の各地で採集された365の土からなる作品。国内の全市区町村から土を採集し「土の図書館」を作る試みの中から、全都道府県365市区町村の土によって構成されたものである。
    栗田は、1990年代初頭より各地で採集した土を整然と配置するインスタレーションを発表してきた。土のもつ色彩の豊かさに着目したその仕事は、自然の本来的な多様性とともにその地に結びついた歴史と生の営みをミニマルに顕すものとして高い評価を得ており、日本やフランスにおいて現在も継続中である。土に尽くす―と言い得るような、土を一握りずつ採取し、乾燥させてふるいにかけるという行為の繰り返しにより成り立つその仕事は、栗田が活動の当初に自身の身体を自然に委ねようと試みた舞踏的なパフォーマンスに起源をもち、自らをも広く自然の一部と捉える思想に支えられている。

  • アルミナのエロス(白い固形は…)
    伊藤公象
    1932 石川県金沢に生まれる
    1951 中村翠恒に陶芸を学ぶ
    1959 「第五回二紀展」初出品
    1963 最初の個展(東京、竹川画廊)
    1990 「現代の土展」(東京都美術館)
    2009 個展「伊藤公象 works 1974-2009」(茨城県陶芸美術館、東京都現代美術館)
    栃木県笠間市在住


    アルミナのエロス(白い固形は…)
    1984/2015
    アルミナ、長石
    約500片
    サイズ可変
    撮影:椎木静寧




    伊藤公象は、土を素材とした陶の手法によって生命力あふれる作品を多く生み出してきた作家である。自然と人為の境界を縫うようなその仕事は、人と空間・時間をめぐる洞察として高く評価されており、本作《アルミナのエロス(白い固形は…)》にもその特質がうかがえる。作品を構成するピースはアルミナと長石の粉末を混交し高温で焼成して得られるもので、個々は多様に砕けているため、それらの集合は同一でありつつ全て異なるという自然の在り様と重なり、自然の風化をも内包しているように見える。作家は、これらのピースを、展示の度に異なる形として構成してきた。1984年の発表時より今日まで《アルミナ…》は、幾度も姿を変えてきたのである。加えて、当初300余だったピースは2009年の個展を機に500余となり、その姿のみならずスケールをも大きく変えて今に至っている。
    風化を許容しつつ姿を変える作品として、当作は二重の意味で変化それ自体をその本質としていると言えよう。それは作品の同一性とは何か、という問いを私たちに投げかけるものだ。変化そのものがこの作品の質であるならば、私たちがここで「作品」として長く保存し、後世に伝えていくものは何であるべきなのか――個々の欠片はそれだけでは作品として機能しない以上、作家の関与、その行為や思想、何よりもその作品体験を伝えていく方法を探り続けることが、美術館に求められていると言えるだろう。

  • 川に着く前に橋を渡るな
    フランシス・アリス
    2008年
    映像インスタレーション、ドローイング15点、油彩1点、立体像1点
    サイズ可変


    1959年、ベルギーで生まれたフランシス・アリスは、建築と都市計画を修めたのち、86年にNGOに参加、派遣先のメキシコで都市の考察として観察や撮影、パフォーマンス等を重ね、89年にそれらを作品として発表。以降、自身の身体を媒介に都市と関わるアーティストとして活動している。「アクションによる介入」と呼ばれる彼の行為は、独自の仕方で都市の歴史や政治、文化的背景を考えるものとして、近年高い注目を集める。
    当作の舞台は、ヨーロッパとアフリカを隔てるジブラルタル海峡。天気の良い日には対岸が望めるこの海峡は、アフリカからヨーロッパへ密かに渡航を企てる人々を惹きつけてきた。アリスはこの地に「グローバル経済の促進を図りながら、同時に大陸をまたぐグローバルな人の流れを制限する」という「現代に潜む矛盾」を見て介入を企図する。それは、両岸から子供たちが列を作り、両大陸の間に想像の橋を架けるというもの。当作品はそのプロジェクトの記録である。
    彼のプロジェクトは、作家自ら「物語」と呼ぶように、細部と全体を欠き、時に結末や合理をもたず、十分な余白が多様な解釈を生んでゆく性質を持っている。当作でも、水平線の先での出会いの結末は明かされない。この一連の記録は、「矛盾」を端緒とした動機に相応しく、開かれた物語として常に想像によって補完されながら幾度も再生されるものといえよう。実社会や政治といった事実の領域に感性の領域を重ねながら関わるアリスの仕事は、物語というものの可能性をたずねつつ、思いがけない仕方で私たちの現実を浮き彫りにする。

  • 《リフレクション》
    スゥ・ドーホー
    2004/2007年 ナイロン、ステンレススチール管
    Suh Do-Ho, Reflection, 2004/2007, Nylon, Stainless steel, New Acquisition in 2006

    この作品は、画家である作家の父が韓国の伝統建築を調査し再現した自宅の門をかたどったものである。そして、ナイロンで作られた門には、作家の指示で職人が仕上げた細かな刺繍が施されている。韓国の伝統的な建築を基に制作された作品には、作家自身のアイデンティティが反映されているといえる。そして、帰るべき場所としての家の門は水面に映る影のように儚いたたずまいを見せ、美しい水色に満たされた空間が作り上げられている。作品は下から鑑賞するだけでなく、階段を上がりながら、そして3階では上からも眺められるように考えられており、視点や外光の変化でそれぞれに異なる表情を見ることができる。2004年に東京・銀座のメゾンエルメスの個展で発表された作品だが、現代美術館で収蔵するにあたり、作家は水平部分の布を常設展示室アトリウムの広さに合わせたサイズに作り直した。

    スゥ・ドーホー (1962- )  Suh Do-Ho 
    韓国・ソウルに生まれ、現在は、ニューヨークを拠点に国際的な活動をするアーティストである。アメリカのロードアイランド・デザイン学校を卒業後、エール大学大学院で彫刻を学ぶ。2001年にはヴェネチア・ビエンナーレの韓国館に出品、高い評価を得た。絹やナイロンといったファブリック(布)を使用して、作家自身が住むニューヨークのアパートメントを実物と同じサイズで再現する作品や、パラシュートで降下する人などを制作している。
    写真_ 上野則宏

  • without records - mot ver. 2015
    大友良英+青山泰知+伊藤隆之
    2005/2015年
    ポータブルレコードプレイヤー、スタンド、コンピューター
    サイズ可変

    大友良英+青山泰知+伊藤隆之によるインスタレーション《without records - mot ver. 2015》は、タイトルが物語るようにレコードは存在せず、プレーヤーそのものが発する個性豊かな音が音源となっています。コンピューターによってオン・オフがコントロールされた個々のプレーヤーには、展示に先立って実施されたワークショップにおいて、それぞれ金属やプラスチック、ゴムなどの素材を用いて様々な加工が施され、そこから発せられる多層的な共鳴音が、森のような展示空間を満たしています。
    大友良英(1959-)は、演奏家、作曲家として80年代よりアンダーグラウンドな音楽シーンで活躍を続けるとともに、近年は映画やドラマ音楽の分野でも才能を発揮しています。個々のプレーヤーによって生み出される音が主役の本作品は、再生される毎に組み合わせが変化し、二度と同じ「曲」が再現されることはありません。まさに、大友が共作者である青山泰知(美術家)、伊藤隆之(プログラマー)とともに、「ノイズ/即興/アンサンブル」をコンセプトに創り上げた、「今現在の音楽」と言えるでしょう。
    《without records》は、これまでにも各地で展示が行われてきましたが、本作は、当館のコレクションのために新たに制作されたものです。

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