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  • 当時全盛美人揃 若松屋内若鶴 1794年(寛政6)
    (とうじぜんせいびじんぞろい わかまつやないわかつる)

    喜多川歌麿画
    美人画で有名な浮世絵師・喜多川歌麿の1794年(寛政6)頃の作品である。版元は若狭屋与市。はじめは「当時全盛似顔揃」として六図以上刊行され、まもなく「美人揃」と改められ10図で完結したもの。若鶴は、吉原の京町一丁目若松屋の遊女であった。この図には屋号と禿(かむろ)名が省略されたボストン美術館本や、脛(すね)の部分が着物で隠され、名前が「玉屋内しづか、いくよ、いその」となっている大英博物館本の異版があるが、収蔵した資料は、最も早い時期とされる東京国立博物館本と同じ版で、しかも状態もたいへん良いものである。

  • 紺綸子地松竹梅鶴模様振袖
    (こんりんずじしょうちくばいつるもようふりそで)

    江戸時代後期
    背中に松、裾や袖の下の部分に竹、前面に梅の枝を散らし、松竹梅を表しているが、松には根がついており、「根引きの松」でもあることがわかる。
     新年の初めの子(ね)の日に、まだ小さい松を引き抜いて、その強い生命力にあやかろうと願う、「小松引き」という行事がある。抜いた松は持ち帰って、長寿の願いを込めて飾る。これが「根引きの松」である。「根引きの松」は、門松のルーツともいわれている。
     松の間には、鶴がゆったりと飛んでいる。小さな鶴であるが、金糸、紅、萌葱(もえぎ)の刺繍を加え、色あざやかに表している。裕福な商家の若い女性の晴れ着だったのであろうか。華美ではないものの、新春らしい華やかさと清々しさにあふれている。

  • 金沢丹後文書
    (かなざわたんごもんじょ)

    江戸時代〜大正時代
    江戸の有名な菓子商・金沢丹後は、江戸時代後期の創業で、日本橋本石(ほんこく)町に本店を、上野・下谷広小路などに支店をもつ大店(おおだな)であった。幕府や大名家の御用達(ごようたし)もつとめ、江戸城へ菓子を納めた。金沢丹後文書は、この家に伝わっていた古文書類で、江戸城や大名屋敷に出入りするための鑑札や御菓子御用に関する文書、当主がつづった日記など500点近くにのぼる。菓子の雛形や江戸城からの注文書などの資料から、江戸の御用商人と武家との関係を知ることができる、とても貴重な歴史資料である。ここに挙げた写真は、一群の資料のうち、江戸城大手門の通行鑑札である。

  • 金沢丹後文書
    (かなざわたんごもんじょ)

    江戸時代〜大正時代
    江戸の有名な菓子商・金沢丹後は、江戸時代後期の創業で、日本橋本石(ほんこく)町に本店を、上野・下谷広小路などに支店をもつ大店(おおだな)であった。幕府や大名家の御用達(ごようたし)もつとめ、江戸城へ菓子を納めた。金沢丹後文書は、この家に伝わっていた古文書類で、江戸城や大名屋敷に出入りするための鑑札や御菓子御用に関する文書、当主がつづった日記など500点近くにのぼる。菓子の雛形や江戸城からの注文書などの資料から、江戸の御用商人と武家との関係を知ることができる、とても貴重な歴史資料である。ここに挙げた写真は、一群の資料のうち、江戸城大手門の通行鑑札である。

  • 村梨子地葵葉菊紋散花桐唐草文蒔絵茶碗 付天目台
    (むらなしじあおいようぎくもんちらしはなきりからくさもんまきえちゃわん つけたりてんもくだい)

    江戸時代末期
    村梨子地に花桐唐草文様のあざやかな蒔絵がほどこされ、三葉葵と葉菊の紋が散らされた、幕末の天目茶碗とその台である。
     文様と家紋の取り合わせから、幕末のヒロインとして有名な和宮の所用品と考えられる。本来は数多い品々で構成された婚礼調度の一品であったが、現在は散逸しており、全体像は明らかでない。
     和宮という人物を思い浮かべてこの天目茶碗を見ると、華やかさと同時に、はかなさも感じられるように思われる。

  • 女学生の慰問(いもん)文と慰問袋 1943年(昭和18)
    戦争中、出征中の兵隊を励ますために、女学生や小学生は、「慰問文」という手紙を書き、「慰問袋」と呼ばれる袋に品物を入れて戦地へ送っていた。「北方の兵隊さんへ」と題したこの慰問文と慰問袋は、1943年(昭和18)関東高等女学校の生徒だった二人の寄贈者が自分で作ったもので、北千島にいた兵士が受け取った。その兵士は無事帰還し、戦後36年たってこの慰問文の送り主を捜したところ、それが新聞記事に取り上げられたことがきっかけで、送り主と再開を果たしたという裏話がある。

  • 東京オリンピック日本代表選手公式ブレザー
    1964年(昭和39)に東京で開催された第十八回オリンピック大会の日本代表選手用公式ブレザーで、縫製にたずさわった文京区の洋品店に、納品用の箱とともに残されていたものである。
    真紅の生地に金の三つボタン、胸元の日の丸のデザインは、アイビールック流行の発信源であった「ヴァンヂャケット」の石津謙介氏によるもの。あざやかに残るその赤は、往時の晴れ晴れとした雰囲気を今に伝えている。

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