注目のコレクション

  江戸東京博物館

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  • 隅田川風物図巻(部分)
    江戸中期(1680〜1745)

     これは江戸城前の日本橋川を下って隅田川に合流し、木母寺(もくぼじ)まで隅田川をさかのぼるかたちで描いた絵巻。
     この絵巻は全巻を通じて「影からくり絵」となっている大変珍しいものである。これは本紙の一部を切り抜き、裏から薄い紙を貼ってあるもので、表面を暗くして裏から光を当てると、切り抜いた部分が明るく光って見える。実際には、両国の花火の場面が一番の見どころとなっているが、日本橋界隈から浅草寺界隈にいたるまで、川沿いの窓、舟の提灯など気が遠くなるような細工が施されている。さらに絵巻の裏には、名所の名前がひとつひとつ貼り札に書かれており、この絵巻は裏から説明ができるようになっている。おそらく見世物小屋の中で明かりの調節をしつつ、絵巻の裏で口上を述べながら、舟で見物するような雰囲気で絵巻の場面を、巻き取りながら人びとに見せたものであろう。
    (資料番号:93202341)

  • 隅田川舟遊び
    鳥文斎栄之(ちょうぶんさい えいし)/画
    18世紀末〜19世紀初頭

     五枚続の横長の画面一杯に、舟遊びの屋形船を描いた作品。右端の柱のようなものと、右から二枚目の舟の向こうに見える桶のようなものは、いずれも橋脚の一部である。おそらく舟遊びの中心地であった両国橋のものであろう。
     画面の中央に煙管を片手に座っているのが主人格の女性で、彼女を前にして楽器が演奏され、その後ろでは踊りの準備をする少女も描かれる。舟の軸先には大きな洲浜台(すはまだい)が飾られている。
     美しい着物をまとった大柄な女性たちが画面一杯の舟上に居並ぶ姿は、迫力のある華やかさである。
    (資料番号:94202673〜94202677)

  • 絵本隅田川両岸一覧 (部分)
    葛飾北斎/画
    19世紀初頭

     江戸時代後期を代表する浮世絵師葛飾北斎(1760〜1849)が描いた、狂歌絵本のひとつ。
    見開きの画面が、次の見開き画面へと絵柄がつながっていく構成をとり、隅田川を下流から上流に向けて描いたもの。東岸を遠くに眺めつつ、西岸のようすを画面に大きくとらえている。
     画面手前の西岸の描写は、とりわけ生き生きとした人物表現が魅力的で、風俗画としても十分楽しめる。また四季の移り変わりが盛り込まれており、凧揚げからはじまって年末年始風俗で終わるようになっている。
    (資料番号:13200063〜13200065)

  • 東京両国橋 川開大花火之図
    永島春暁(ながしま しゅんぎょう)/画
    1890年(明治23年)

     両国橋を描いた明治期の錦絵の中でも圧倒的な存在感をもつ作品。西洋型の両国橋を西詰から眺めた構図を基本に、画面からあふれ出さんばかりの新旧の情報を詰め込んでいる。氷屋の提灯と牛肉屋の旗、洋風建築と川沿いの料亭。洋装の人物に人力車、鉄道馬車。隅田川に目を凝らすと、伝統的な納涼舟に混じって小さな蒸気船もいる。
     しかし、細かい描写や鮮やかな化学染料の色調を取り除けば、この構図は江戸時代に描かれた両国界隈の錦絵のものと変わらないこともわかる。隅田川に訪れた文明開化のオンパレードであると同時に、この強烈な世界は紛れもなく江戸時代の伝統を受け継いでいるのである。隅田川を描いた錦絵の、掉尾を飾るもののひとつであることは間違いない。
    (資料番号:91220264〜91220266)

  • 燭台付化粧箱
    江戸後期(1746〜1841)

     現在は、電気の普及により「あかり」のある暮らしが当たり前になっている。昼夜を問わず室内で照明器具が点灯され、夜にはまばゆいぐらいのイルミネーションが街を彩る。
     このような暮らしが一般化したのはほんの数十年前である。明治〜大正期の人々はランプの下で暮らし、それよりも前は「あかり」のある生活自体が大変貴重なものであった。
     江戸時代には、江戸をはじめとする都市を中心に「あかり」の普及が進み、多種多様な灯火具類が作られた。夜の闇を照らす灯火具の発達は、人々の生活を大きく変える出来事であったに違いない。
     「あかり」の油の主流は菜種油で、行灯(あんどん)や秉燭(ひょうそく)など、油を使う灯火具が新しく生み出された。また、蝋燭(ろうそく)を用いる灯火具としては、燭台(しょくだい)、手燭(てしょく)、提灯(ちょうちん)などがあり、意匠を凝らした「あかり」が華やかにともされた。とはいえ、庶民には灯油や蝋燭は高価なもので、節約に努めながらの利用であった。
     この燭台付化粧箱の中には、火打ち石、火打ち金のほか、まゆ墨箱、ベッコウのくし、白粉(おしろい)、など化粧道具がコンパクトな箱に整然と収納されており、鏡と一緒に持ち歩けば旅行用にもなったことだろう。
     この化粧箱が優れているのは、燭台が付いている点。蝋燭を立て、火打ち石と火打ち金で火をともせば、暗い場所でも化粧ができた。いつの時代も、女性の美しくよそおいたい気持ちは変わらない。そのような願いから、この化粧箱が作られたのだろう。
    (資料番号:89208025)

  • 東京高輪海岸蒸気車鉄道の図
    歌川広重(三代)/画
    1871年(明治4年)

     1871年(明治4年)、汐留の地に新橋停車場が誕生した。翌年には、開港場・横浜との間を結ぶ鉄道が開業した。本図は高輪付近を蒸気車が疾走する様子を描いた錦絵だが、注目したいのは、レールが敷かれた海上の細長い堤(つつみ)である。
     新橋―横浜間の約29キロメートルのうち、本芝から高輪海岸を経て品川に至るまでの区間は、兵部省の反対もあって鉄道用地が確保できなかった。そのため、海に堤を築き、その上にレールを敷設した。堤の長さ約2.7キロメートル、幅平均6.4メートル、品川の御殿山や八ツ山を切り崩した土砂により築造された。
     また、本図からは、堤の側面が石垣になっていることがわかるが、これには江戸防備のため、幕末に建造された品川台場の石垣が、一部流用された。本図の作成は鉄道が開業する前年で、海上に築かれた堤が早くから、当時の鉄道を描く上での特徴的な景観とみられていたことがうかがえる。
     海上に敷かれたレールをたどると、新橋停車場に行き着く。新橋停車場の遺構は、旧国鉄汐留貨物駅跡地の再開発に伴い、発掘調査が行われた汐留遺跡から発見された。
    (資料番号:07200611-07200613)

  • 開通小田原急行電車
    吉田初三郎/画
    1927年(昭和2年)

     現在、東京や大阪などの大都市では、複数のターミナル駅から郊外へ向けて、私鉄の路線網が整備されている。これらの多くは、明治末期から昭和初期にかけて整備された。本資料は、関東大震災後の東京近郊の人口増加を受けて整備された近郊電車の一つ、小田原急行鉄道(現・小田急電鉄)の開業を知らせるポスターである。
     その内容を見ていくと、標高1251メートルの大山(神奈川県)が、3776メートルの富士山に迫る勢いで表現され、手前に2両編成の電車が配置されている。奥には北海道をはじめ、樺太、台湾、上海、釜山までもが描かれている。
     路線図は、右下方から左上方に向けて赤い線で示され、沿線には、桜の名所や古戦場、遊園地、温泉などが描かれている。「第二期工事線」として点線で示された江ノ島線の沿線には、当時、人々の憧れであった田園都市の風景が描かれている。
     鉄道の敷設と同時に沿線に住宅地を造成し、遊園地や劇場を建設して通勤客や利用客を獲得しようとする手法は、明治末期に阪急グループ創始者の小林一三が始めた。各地の鉄道会社もこれに習い、乗客の獲得に努めた。本資料に描かれている沿線の施設からは、鉄道会社のこうした戦略がうかがえる。
     作家の吉田初三郎(1884〜1955)は、国内各地の鉄道路線や観光地を描き、極端に遠近をデフォルメした鳥瞰図(ちょうかんず)で絶大な人気を集めた。
    (資料番号:95202641)

  • 地下鉄沿線案内
    東京地下鉄道株式会社/発行
    1934年(昭和9年)ごろ

     1927年(昭和2年)、浅草―上野間で、日本初の地下鉄(現在の東京メトロ銀座線)が開業した。地下を電車が走るという奇抜さ。車内には、間接照明やまだ試験段階だった自動ドアを導入し、改札には十銭硬貨を投入してバーを回転させながら入場するターンスタイルを採用するなど、新しさに満ちたこの交通は、「モダン」そのものだった。
     戦前に限って言えば、地下鉄は、そのモダンさに救われたといっても過言ではない。
     開業したものの、これを経営する東京地下鉄道の財政事情は深刻だった。建設費が高くついた上、わずか2キロあまりの運行路線から得られる運賃収入でやりくりしなければならない。そこに降りかかったのが、世界恐慌だったからたまらない。しかし、そんな窮地に手をさしのべたのは、同じく不況の波をかぶった大手デパートだった。
     デパートは集客に地下鉄のモダンなイメージを利用することを思い立ち、店と駅を直結させることを条件に、地下鉄の路線延長を積極的に支援した。その結果、34年(昭和9年)には、新橋まで延長された。こうした経緯もあって、この沿線案内の鳥瞰図は、行楽地や名勝よりもデパートや直営ストアとのアクセスのよさが強調されている。裏面の営業案内でも、上野広小路―銀座間でデパート所在駅に3回まで下車できるデパート巡り乗車券という割引切符を紹介していて、小売業界との提携によって発達したこの路線の性格をよく表している。
    (資料番号:89211210)

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